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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第60章|『転生』
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(5)自然と暮らす

それから、何年もの月日が流れた。


理永の暮らしは、ほとんど変わっていない。


小さな家。

小さな庭。

妖精と精霊。


そして――時々やってくる三毛猫。


理永はひとりで目を覚ます。

畑の野菜を摘みに外へ出る。


今朝も、時々やってくる三毛猫を理永は眺めていた。


「……今日も、来たの?」


庭先に座り込んだ理永が、三毛猫を見つめる。


猫は答えない。


ただ、尻尾を揺らしながら理永の足元を通り過ぎていく。


理永は首を傾げた。


「……ネコ」


そう呼ぶと、三毛猫は一度だけ振り返った。


それだけだった。


理永にとっては、それで十分だった。


理永は、名前を付けるということを知らなかった。


エルドから教わったのは、生きていくために必要なことばかり。


だから、目の前にいる猫は。


ただの――ネコ。


それ以上でも、それ以下でもなかった。


三毛猫はしばらく庭を歩いたあと、どこかへ消えていった。


「……またね」


小さく手を振る。



露に濡れた草木が揺れている。


「おはよう」


声をかける。


すると。

小さな光が、あちこちから飛び込んでくる。


花の妖精。

水の精霊。

風の精。

そして、大地の精。


声は聞こえないけれど。

何をしてほしいのかは、なんとなく分かる。


理永が庭へ出ると、大地の精が土の上を走った。

畑の野菜の葉が揺れる。


――――――――――――――――――――



相変わらず街へ行く日のは、少し大変だった。


家から街までは、それなりに距離がある。

大人なら何でもない道でも。

今の理永の小さな身体で、歩けば時間がかかる。


何年経っても、小さな手足。

まだ大人の半分ほどしかない身体。


籠を持って歩くだけでも、一苦労。


それでも。


「今日は……薬草と花の蜜を売ろう」


自分で育てた薬草と花の妖精が集めてくれた花の蜜壺を籠に入れる。


街へ行けば、店の人が買ってくれる。


そのお金で。


石鹸。

野菜の苗。

ミルクにチーズ。

塩漬け肉。

布。


必要なものを買う。


エルドから教わったことを思い出しながら、ひとつずつ選んでいく。


「これと……これ」


買い物を終える頃には、籠が少し重くなっている。


帰り道。


「……重い」


ぽつりと呟く。


すると。


風の精がふわりと舞った。


籠が、ほんの少し軽くなる。


「……ありがとう」


理永は嬉しそうに笑った。




家へ戻る頃には、空が赤く染まり。

街の家々には、明かりが灯り始めていた。


けれど。

街外れのこの道には、ほとんど明かりがない。

森へと続く道は、夜になると星明かりだけになる。


理永が足を止める。


「早く帰らないと、暗くなっちゃう」


すると。

ひとつ。

またひとつ。

小さな光が舞う。


理永の少し前を、淡い光が進んで道を照らす。


「……ありがとう」


理永はその後ろを歩く。


獣の気配がしても。

怖くはなかった。

襲われることはない。


森の獣たちは、理永を見つけても静かに道を譲る。


まるで。

この小さな魔女が、そこにいることを当然のように受け入れている。


理永もまた。

それを不思議だとは思わなかった。




家へ戻ると。

買ってきた野菜の苗を水につけ。


火を起こし。

鍋に水を入れる。


妖精たちが周りをくるくる飛び回る。


「……今日は、何にしよう」


少し考える。


野菜を切る。

鍋へ入れる。


ぐつぐつ。

小さな家に、料理の匂いが広がっていく。


少し味を整え。


「……できた」


ひとりで食卓につく。


「いただきます」


静かな声。


けれど。

ひとりではない。


花の妖精が窓辺にいる。

水の精霊が器のそばで揺れている。

火の精霊が暖炉の近くで小さく明滅している。

大地の精は、庭の土の中。


みんな、いつもそばにいる。


――――――――――――――――――――


ある日、理永は森の奥に魚の罠を見に小川へ足を運んでいた。


上流から流れてくる水は、街外れの小川よりも澄んでいる。


水の精霊が、楽しそうに先を進んでいく。


その途中。


水の中で、何かが光った。


「……?」


理永はしゃがみ込む。


小さな石。

普通の石とは違う。


淡い魔力を帯びている。


手に取ると。

ほんのり温かかった。


「……きれい」


大地の精が、その石の周りをくるりと回る。


理永にはまだ、それが何なのか分からない。


ずっと上流の森から、長い時間をかけて流れてきた石なのだろう。


理永は大切そうに籠へ入れた。


「持って帰ろう」


その石が。

後に、理永の魔法への好奇心をさらに深めていくことになるとは。


この時の理永は、まだ知らない。


――――――――――――――――――――


季節は巡る。


小さな家。

小さな庭。


薬草。

畑に花壇。


妖精に精霊。


時々訪れる三毛猫。


そして。

誰にも急かされることのない、自由で穏やかな毎日。


理永はまだ知らない。

自分が、何者なのか。


なぜ生まれたのか。


魂の奥に何が眠っているのか。

何も知らない。


理永は、ただ。

今日も朝になれば目を覚まし。


庭の植物に水をやり。

薬草を摘み。

ポーションを作り。

必要なものを買いに街へ行く。


夜になれば、火の精霊に道を照らしてもらいながら家へ帰る。


そんな日々を。

理永は、穏やかに生きていた。


まだ、小さな身体で。


けれど。

人間の尺度なら、とうに長い年月を重ねながら。


自然に愛され。

自然と共に。


ひとりの魔女として。


ゆっくりと、その人生を歩いていた。






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