(4)小さな魔女の暮らし
エルドが旅立ってから。
家は、静かになった。
朝。
理永は一人で目を覚ます。
窓を開けると、冷たい風が頬を撫でた。
「……おはよう」
誰に言うでもなく呟く。
すると。
窓辺に、小さな光が集まった。
妖精、精霊達は。
朝になると、いつも姿を見せる。
理永は小さく笑った。
「おはよう」
言葉は返ってこないけれど。
花の妖精が、髪の周りをくるりと飛ぶ。
水の精霊が、窓辺の小さな水瓶を揺らす。
それだけで、十分だった。
理永は寝間着を脱ぎ、簡素に身支度を整える。
朝食は草の根を煮詰めたスープ。
パンを切り、果物を並べる。
火を使うときは、火の精霊が近くにいる。
炎が大きくなりすぎれば、そっと揺らして知らせてくれる。
「……分かった」
火を弱める。
理永にとって、そんなことはもう日常だった。
朝食を終えると、庭へ出る。
小さな花壇。
薬草。
野菜。
まだ数は少ない。
けれど。
少しずつ増えている。
「今日は……これ」
しゃがみ込み、葉を一枚摘む。
植物の妖精が、その隣の草を指すように舞った。
理永はそちらを見る。
「こっち?」
妖精が嬉しそうに飛ぶ。
「分かった」
薬草を摘み。
籠に入れる。
理永の袖を引くように飛び。
次の薬草のところへ。
「……これ?」
理永が首を傾げる。
妖精は、別の植物を指すように葉を揺らした。
次々と薬草を入れる。
それから、散策をしながら家へ戻った。
机の上には、いくつもの小瓶が並んでいる。
中身はポーション。
全て植物の妖精に教えてもらったものだ。
言葉で教えられたわけではないが。
葉を選ぶ。
花を選ぶ。
乾燥させる。
水を入れる。
火にかける。
潰したり混ぜたり。
止める。
その一つ一つを、妖精が仕草で示してくれる。
理永は、それを真似る。
「……こう?」
妖精が嬉しそうに飛び回った。
液体を眺める。
淡い色をした、不思議な薬。
「……これくらい?」
小さな妖精が、くるくると回る。
「合ってる?」
また、くるくる。
理永は少し笑った。
「よかった」
鍋の中で、淡い光が揺れている。
やがて。
小さな瓶に液体を移す。
「できた」
淡い緑色。
理永は光にかざして眺めた。
「きれい~」
妖精達は、嬉しそうに飛び回った。
理永はポーション作りを覚えていった。
――――――――――――――――――――
精霊が庭のほうへ向かう。
理永も後を追う。
大地の精霊が、庭の地面を小さく揺らしていた。
「……?」
視線を向ける。
ふわり。
土が持ち上がる。
小さな石が端へ寄せられ、地面が均されていく。
「……ありがとう」
理永はしゃがみ込み、整えられた土に手を触れた。
ここには薬草を植えよう。
こっちは花。
あそこには野菜。
庭は、少しずつ理永の好きな場所になっていった。
――――――――――――――――――――
昼下がり。
籠を抱えて、理永は街へ向かっていた。
薬草と、いくつかのポーション。
街までは少し遠い。
歩幅が小さい。
何度も休みながら歩く。
それでも。
「……あと少し」
ようやく街が見えてくる。
薬種商では薬草を売り。
薬屋でポーションを買ってもらう。
代わりに、籠には。
空の瓶
そして、日用品を買い足していく。
パン。
果物。
調味料。
必要なものを買う。
荷物が増える。
「うっ……重い」
小さく呟く。
帰り道。
空が、少しずつ暗くなる。
街の明かりは遠い。
家までは、まだある。
理永は歩く。
足元が見えなくなってきた。
「……暗くなっちゃった」
その瞬間。
ぽっ。
小さな光が灯った。
火の精霊。
一つ。
また一つ。
理永の前を、道に沿って進んでいく。
「……ありがとう」
小さな光を追う。
暗い道が、少しずつ明るくなる。
やがて。
見慣れた家が見えてきた。
理永はほっと息を吐く。
「ただいまー」
誰もいない家。
でも。
花の妖精が窓辺へ飛び。
水の精霊が水瓶を揺らす。
火の精霊が、小さく瞬く。
大地の精霊が、庭の土を静かに巡る。
そして。
庭の隅から。
……ガサガサ。
三毛猫が一匹。
「……ネコ」
理永が近づく。
三毛猫は理永に擦り寄る。
「また来たの?」
「にゃ〜」
理永はしゃがみ込む。
そっと手を伸ばす。
猫は逃げない。
「……ネコ」
少しだけ笑う。
三毛猫は、何事もなかったように目を閉じた。
理永は立ち上がる。
「じゃあ、またね」
猫は答えない。
理永が家へ入ると。
小さな灯りがともる。
鍋を火にかける。
部屋に干してある薬草を整理する。
今日買った調味料を並べる。
窓の外では、星が静かに輝いていた。
誰かに命じられることもない。
誰かに急かされることもない。
誰かに期待されることもない。
ただ。
自然に囲まれて。
好きなことをして。
1日また1日を暮らす。
そんな穏やかな日々が、
小さな家で続いていた。




