(6)エピローグ
(視点:ベラトリス)
夜が訪れていた。
灰の塔の裏手。
一本の大樹の下に、小さな墓がある。
ベラトリスは少女を静かに埋葬した。
豪華な墓石はない。
飾り立てた言葉もない。
ただ、白い花だけが風に揺れている。
「……」
土の上へ、そっと手を置く。
冷たいはずなのに、不思議と温もりが残っている気がした。
「寂しくないように。」
小さく呟く。
それは魔法ではない。
願いだった。
長い人生の中で、何度も別れを見てきた。
それでも。
この別れだけは、どうしても慣れることができなかった。
千年前。
理永を見送った日。
研究だけを選び、涙を置き去りにした。
そして今。
少女を見送った今日は、研究ではなく、悲しむことを選んだ。
二度の別れは似ていて。
けれど、その意味はまるで違っていた。
「……ありがとう。」
静かに頭を下げる。
守りたかった。
幸せになってほしかった。
その願いは叶わなかったかもしれない。
それでも。
少女は最後まで、自分らしく生きた。
その人生を否定したくはなかった。
風が吹く。
白い花びらが舞い上がり、夜空へ溶けていく。
ベラトリスはゆっくりと立ち上がった。
振り返る。
灰の塔。
理永が残した研究。
少女が繋いだ未来。
そして。
いつか再び帰ってくるはずの、あの子。
「……待っているわ。」
誰に聞かせるでもなく呟く。
返事はない。
けれど、その沈黙は孤独ではなかった。
巡る命を信じる者だけが知る、静かな約束だった。
塔の扉を開く。
古びた蝶番が、小さく音を立てる。
ベラトリスは中へ入り、静かに扉を閉めた。
灯火が一つ、窓辺に灯る。
それは長い夜を照らす、小さな光。
誰かが帰る場所を失わないように。
誰かが迷わず辿り着けるように。
その灯は消えない。
季節が巡っても。
時代が変わっても。
百年が過ぎても。
千年が過ぎても。
灰の塔には、ひとつの灯が静かに揺れ続ける。
待ち続ける者がいる限り。
希望は、決して途絶えないのだから。
――第58章『喪失』 終
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