(5)それぞれの道
(視点:ベラトリス)
灰の塔を吹き抜ける風が、静かに少女の髪を揺らした。
もう、その瞳が開くことはない。
それでも。
ベラトリスは、少女の顔をしばらく見つめていた。
悲しみは消えない。
けれど。
それを無理に消そうとも思わなかった。
この子は、もう十分に頑張った。
だから。
これ以上、何かを求める必要はない。
「……」
ベラトリスは静かに立ち上がる。
少女の身体をそっと抱き上げる。
その腕の中は、相変わらず軽かった。
「埋葬するのか。」
不意に、由良が口を開いた。
低く、静かな声だった。
「ええ。」
ベラトリスは小さく頷く。
「この子は、もう休ませてあげましょう。」
由良は、少女を見る。
しばらく何も言わなかった。
「……そうだな。」
短い返事。
それだけだった。
二人の間に、静かな沈黙が落ちる。
言葉にしなくても分かる。
ここに残ったものが、あまりにも多いことを。
やがて。
由良が灰の塔の入口へ視線を向けた。
「……俺は、行く。」
ベラトリスは何も尋ねなかった。
どこへ行くのか。
何をするのか。
聞く必要はないと思った。
今の由良に必要なのは、誰かに引き留められることではない。
自分で選んだ道を歩くことなのだろう。
「そう。」
それだけを返す。
由良は、少女へ最後に一度だけ視線を向けた。
そして。
ゆっくりと歩き出す。
一歩。
また一歩。
灰の塔の外へ向かっていく。
「……由良。」
呼び止める声に、足が止まる。
けれど、振り返らない。
「私は、ここにいるわ。」
静かな声だった。
「この塔も。」
一度、少女へ視線を落とす。
「この子が残してくれたものも。」
「……ああ。」
それだけが返ってくる。
「任せる。」
由良は振り返らないまま、そう言った。
ベラトリスは、小さく頷く。
「ええ。」
それ以上の言葉は、必要なかった。
由良は歩き出す。
今度は、止まらない。
その背中が灰の塔の外へ消えていく。
やがて。
足音も聞こえなくなった。
ベラトリスは、一人になった塔の中で静かに立っていた。
寂しい。
悲しい。
それでも。
不思議と、空っぽではなかった。
腕の中には、少女がいる。
そして、この場所には。
長い時間をかけて受け継がれてきたものが残っている。
理永が遺したもの。
少女が繋いだもの。
それを守ること。
今のベラトリスには、それだけで十分だった。
「……行ってらっしゃい。」
誰に向けた言葉なのか。
自分でも分からない。
ただ。
遠ざかっていった背中へ向けて、静かに呟いた。
灰の塔には、再び静寂が戻る。
ベラトリスは少女を抱いたまま、ゆっくりと歩き出す。
まずは。
この子を、静かに眠らせるために。




