(14)決別
(視点:由良)
静寂。
その静けさだけが、研究室を満たしていた。
背後からは何も聞こえない。
聞こえてしまえば。
振り返ってしまえば。
きっと、前へは進めない。
由良は拳を強く握り締めた。
指先が白くなるほど力を込める。
「……。」
呼吸は静かだった。
けれど胸の奥だけが、焼けるように熱い。
また守れなかった。
千年前。
理永を失った。
今。
少女を失った。
同じ後悔を繰り返した。
瞼を閉じれば、最後に見た少女の姿が浮かぶ。
自分を押しのけ。
迷いなく前へ出た、小さな背中。
(どうしてだ……。)
守ると誓ったのは、自分だった。
傷つくのは、自分でよかった。
それなのに。
「……。」
由良はゆっくりと顔を上げる。
目の前には青年。
群青の瞳は、何一つ変わらない。
怒りもない。
喜びもない。
ただ、そこに立っている。
「処理結果。」
静かな声が響く。
「逸脱因子、停止。」
それだけだった。
少女の命さえ。
青年にとっては、一つの処理結果でしかない。
由良の中で、何かが静かに切れた。
怒鳴らない。
叫ばない。
涙も流れない。
ただ。
赤い瞳だけが、静かに燃えていた。
「……お前には。」
低い声が落ちる。
「最後まで、分からないんだな。」
青年は答えない。
「観測を継続。」
淡々とした一言。
その瞬間。
由良は地を蹴った。
床石が砕ける。
赤い残光だけを残し、一瞬で青年の懐へ踏み込む。
拳ではない。
今度は迷いなく、その命を断つための一撃。
青年は初めて腕を上げた。
由良の拳と、青年の掌。
二つが触れ合った瞬間。
――轟音。
研究室全体が激しく震えた。
衝撃が円を描くように広がり、机も書物も宙へ舞う。
灰の塔そのものが軋みを上げる。
それでも。
由良は止まらない。
「お前だけは――。」
その瞳には、もう迷いはなかった。
千年前は、生き延びるために逃げた。
だが今は違う。
少女が命を懸けて繋いだ未来を守るために。
アストラルを、この手で終わらせるために。
赤い魔力が奔流となって解き放たれた。




