(13)停止
(視点:ベラトリス)
少女の身体が、静かに崩れ落ちる。
「――っ!」
ベラトリスは迷うことなく駆け出した。
その身体を抱き止める。
軽い。
あまりにも軽い。
少女の胸元は赤く染まり、温かな血が静かに溢れていく。
「しっかりしなさい!」
呼びかけても返事はない。
閉じられかけた瞳だけが、微かに震えていた。
「……まだよ。」
ベラトリスは少女を抱き寄せ、右手を傷口へ重ねる。
静かに息を吸う。
銀色の魔力が指先から溢れた。
「――時よ。」
小さく詠唱が響く。
「止まりなさい。」
その瞬間。
少女の周囲だけ、世界から切り離されたように静止する。
流れていた血が止まる。
風も。
空気も。
少女の時間だけが、静かに凍りついた。
ベラトリスは小さく息を吐く。
(……間に合った。)
命は救えない。
それは分かっている。
この傷は、癒やせない。
けれど。
魂が世界から完全に離れる、その瞬間だけは繋ぎ止められた。
今は、それでいい。
その時だった。
気配を感じ、ベラトリスは顔を上げる。
由良が立っている。
少女へ駆け寄りたい。
その想いは痛いほど伝わってきた。
けれど。
その前には青年がいる。
群青の瞳は変わらない。
まるで何事も起きていないかのように、由良だけを静かに観測していた。
由良の拳が強く握られる。
震えていた。
怒りなのか。
悔しさなのか。
それとも、喪失への絶望なのか。
ベラトリスには分からない。
一瞬だけ。
由良と視線が交わる。
言葉はない。
ただ、その一瞬だけで十分だった。
ベラトリスは少女を抱きしめる腕に力を込める。
由良はゆっくりと前を向いた。
その視線の先にいるのは、ただ一人。
青年――アストラル。
赤い瞳から、迷いが消えていた。
ベラトリスは、その変化を感じ取っていた。
封じられていた力は、もう失われていない。
けれど今、由良が選んだのは吸血鬼としての力だった。
それでも。 その奥には、千年前に封じられた力が、確かに息づいていた。
だからこそ。 これ以上、誰一人として失わせはしない。
由良は静かに一歩、前へ踏み出した。
今度は、退くためではない。
終わらせるために。




