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(11)届かない
(視点:由良)
少女が駆け出した。
その足音が耳へ届いた瞬間。
「……っ?」
――トンッ。
肩へ、小さな衝撃が伝わる。
ほんのわずか。
それだけだった。
だが、踏み込もうとしていた由良の身体は、僅かに横へ流れた。
「……な。」
反射的に振り返る。
その視線の先には。
自分を追い越し、一歩前へ踏み出した少女の背中があった。
「何を……。」
息が止まる。
理解したくなかった。
けれど、その小さな背中は迷いなく青年の前へ立っていた。
「戻れ!」
由良は叫ぶ。
少女は振り返らない。
青年の群青の瞳だけを、静かに見つめている。
由良は地を蹴った。
吸血鬼の脚力で、一瞬にして距離を詰める。
届く。
届かなければならない。
伸ばした手は、もう少女の肩へ届く距離まで迫っていた。
あと少し。
あと指先ひとつ分。
その瞬間。
少女が、ほんの少しだけ横顔を向けた。
その表情は、不思議なくらい穏やかだった。
恐怖も。
後悔も。
そこにはなかった。
「……ごめん。」
声にならないほど小さな唇の動き。
それだけで十分だった。
由良の胸が、大きく軋む。
「やめろぉっ!」
叫びが研究室へ響く。
しかし。
その手は、最後まで少女へ届かなかった。
青年の前で、色を失った白が静かに満ちていく。
群青の瞳は、ただ少女だけを見つめていた。
「修正処理。」
淡々とした声が響く。
そして。
世界が、静かに息を止めた。




