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(視点:少女)


世界が、軋んでいた。

耳には何も聞こえない。

けれど、空気そのものが悲鳴を上げているようだった。


由良は青年の前へ立ち続ける。

一歩も退かない。


その背中だけが、少女の視界いっぱいに映っていた。


「由良……。」


小さく名前を呼ぶ。


返事はない。


ただ、その背中が答えていた。


――守る。


その意思だけを。


青年は静かに口を開く。


「修正処理。」


短い宣告。


次の瞬間。


研究室の空間が静かに歪む。


青年の前へ、色を失った白が静かに集まり始めた。

金色でもない。 赤でもない。 命の温もりを一切感じさせない、静かな白。


その白は、世界そのものを削り取るような静かな力を帯びていた。


少女は息を呑む。


本能が告げていた。


(……あれは。)


触れてはいけない。

由良も、それを理解していた。


赤い魔力を纏い、迷うことなく踏み込む。


「止まれ!」


叫びと同時に距離を詰める。


青年は動かない。

群青の瞳だけが、静かに由良を映している。


「妨害行動。」


淡々とした声。


「処理を継続。」


光が、ゆっくりと形を成していく。


その瞬間だった。

少女の胸の奥で、小さな鼓動が響く。


――ドクン。


また、この感覚。

懐かしい。


けれど思い出せない。

遠い昔にも、一度だけ感じたような、不思議な気配。


(……この感じ。)


胸の奥が静かに熱を帯びる。

理由は分からない。

それでも。

由良の背中を見つめた瞬間、はっきりと理解した。


(このままじゃ……。)


由良が傷つく。

その未来だけは、嫌だった。


この人を失いたくない。

その想いだけは、誰に教えられたわけでもなく、胸の奥から溢れていた。


少女は静かに息を吸う。

恐くないと言えば、嘘になる。


足は震えている。

心臓も激しく鳴っていた。


それでも。


一歩だけ、前へ踏み出す。

誰にも気づかれないほど、小さな一歩。


由良はまだ気づかない。

青年もまた、動かない。


少女は由良の背中を見つめ、小さく目を閉じた。


(……ごめん。)


その言葉は、声にならなかった。


そして少女は、静かに駆け出した。




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