(9)誓い
(視点:由良)
静寂。
その静けさだけが、不気味だった。
青年は動かない。
それでも。
研究室を満たす空気は、少しずつ重くなっていく。
由良はゆっくりと息を整えた。
(……来る。)
千年前。
何度も見てきた。
あの男は、宣言した処理を取り消さない。
一度、演算が終われば。
その結果だけを実行する。
それがアストラルだった。
「……。」
赤い瞳が、静かに細められる。
勝てるとは思っていない。
千年前も勝てなかった。
今も、おそらく同じだ。
それでも。
止まらなければならない。
それが自分の役目だった。
「由良。」
背後から、小さな声が聞こえる。
振り返らない。
振り返れば、迷いが生まれる。
「動くな。」
短く告げる。
「ここから先は、俺が止める。」
少女から返事はない。
けれど、気配だけは伝わってくる。
青年の群青の瞳が、静かに由良を映した。
「妨害行動。」
淡々とした声。
「継続を確認。」
由良はゆっくりと構える。
魔力が全身を巡る。
吸血鬼としての力が、静かに研ぎ澄まされていく。
「何度でも止める。」
低く呟く。
「今度こそ……守る。」
その言葉は、誰へ向けたものでもない。
千年前。
守れなかった少女へ。
そして今、背中の向こうにいる少女へ。
二つの想いが、一つに重なる。
青年は、わずかに視線を上げた。
「処理開始。」
その一言と同時に。
世界が、静かに軋んだ。
由良は地を蹴る。
一瞬で青年との距離を詰める。
拳ではない。
身体そのものを盾にするように、少女との間へ割って入る。
(通さない。)
その意思だけで踏み込む。
その瞬間。
背後で、ごく小さく衣擦れの音がした。
少女が、動いた。
由良は、まだ気づかない。
ただ前だけを見据えたまま、青年へ向かっていた。




