(4)近づかない距離
(視点︰由良)
灰の塔の外は、静かだった。
風が草を揺らし、空気がゆっくりと流れている。
何も起きていないように見える。
「……」
由良は、その外れに立っていた。
視線は、塔へ向けられている。
中に入る理由はない。
入ろうと思えば、できる。
けれど――
足は動かない。
その距離を、越えない。
分かっている。
中にいることは。
探していたものが。
ずっと、探し続けてきた存在が。
息が、わずかに浅くなる。
感覚は確かだ。
同じだ。
変わらない。
何度繰り返しても、間違えない。
“見つけた”
その認識だけが、静かに落ちる。
けれど。
それ以上は、近づかない。
視線を少しだけ逸らす。
塔の入口。
出入りの痕跡。
生活の気配。
そして――
もう一つ。
「……いるな」
低く、呟く。
別の気配。
一定の距離を保ちながら、外へ滲み出ているもの。
強くはない。
だが、消えない。
魔女、ベラトリスだ。
由良の表情は変わらない。
ただ、判断する。
「……今じゃない」
踏み込めば、干渉が起きる。
それは避けるべきだと分かっている。
理由は、説明できない。
けれど。
「……」
分かっている。
それだけで十分だった。
再び、塔を見る。
窓の奥。
わずかに動く影。
「……」
目を細める。
ほんの一瞬だけ、視線が止まる。
(……変わらない)
そう思う。
確信に近い感覚。
姿は違う。
時間も違う。
環境も違う。
それでも。
「……同じだ」
その言葉が、遅れて落ちる。
小さく、零れる。
「理永……」
胸の奥に、何かが引っかかる。
けれど――
消えない。
指先が、わずかに動く。
何かを掴もうとするように。
けれど、そこには何もない。
由良は、ゆっくりと息を吐く。
それ以上、考えない。
必要がない。
ただ一つ、分かっていることがある。
「……また来る」
小さく、呟く。
誰に聞かせるでもなく。
ただ、自分に。
踵を返し。
塔から距離を取る。
近づきすぎないように。
離れすぎないように。
一定の距離。
変えない距離。
それが、今の最適だと判断している。
風が吹く。
草が揺れる。
何も変わらない景色。
その中で。
由良だけが、わずかに立ち止まる。
振り返らない。
けれど。
視線は、まだそこに残っている。
「……」
言葉にはならない。
感情にもならない。
それでも。
離れる理由はない。
近づかない理由も、ある。
その両方を抱えたまま。
由良は、その場を離れていった。
静かに。
確実に。
また戻ることが、分かっている足取りで。




