(3)繰り返された記録
(視点︰ベラトリス)
紙の束は、増え続けている。
机の上に積まれた記録。
整えられた順序。
ずれはない。
だが――
同じ日付の紙が、いくつも重なっていた。
「……」
一枚、手に取る。
『対象:少女
状態:魔力安定傾向
変動値:微減』
次の一枚。
『対象:少女
状態:同上
変動値:誤差範囲内』
さらにもう一枚。
『対象:少女
状態:同上
変動値:再測定』
「……」
ペンを持つ手は止まらない。
同じ観測。
同じ確認。
同じ否定。
再現できない。
あの時の現象に、届かない。
「……足りない」
小さく、呟く。
何が欠けているのかは分かっている。
条件。
環境。
そして――
「……状態」
紙に書き足す。
『精神状態:安定
外的刺激:軽微
特異反応:未発生』
そこで止める。
あの時は違った。
あれは、もっと――
「……歪んでいた」
記録には残っていない部分。
測定できなかった領域。
だから、再現できない。
視線を上げる。
部屋の奥。
少女が机に向かっている。
背は伸び、動きは落ち着いている。
無駄がない。
観測しやすい状態。
誤差が少ない。
「……」
それを、確認する。
ただ、それだけ。
ペンを置く。
一瞬だけ、指先が止まる。
机の端。
分けられた紙の束。
――触れていない記録。
理永に関するもの。
「……」
視線だけが向く。
手は伸びない。
必要がない。
今は、まだ。
そう判断している。
だが。
その隣に、別の束がある。
少女の記録。
分厚い。
他のどの記録よりも、多い。
「……」
一枚、無意識に引き抜く。
古い日付。
まだ幼い頃の記録。
『対象:少女
状態:魔力不安定
感情変動:大』
紙の端が、わずかに擦れている。
使用頻度が高い。
「……」
さらにめくる。
『対象:少女
転倒(軽微)
損傷:なし』
「……」
手が止まる。
記録としては、不要な情報。
観測対象としては、意味が薄い。
それでも――
残っている。
「……」
視線を落とす。
紙を元の位置に戻す。
整える。
ずれはない。
「……同じことを、繰り返さないために」
小さく、呟く。
理由は、それで十分だ。
それ以外は、必要ない。
ペンを取る。
新しい紙。
書く。
『対象:少女
状態:安定維持
変動:減衰』
そこで、一瞬だけ止まる。
視線が、わずかに揺れる。
(……違う)
ほんの微細な違和感。
さっきの反応。
紙を見つけた時の、あの揺らぎ。
「……」
書き足す。
『感情反応:上昇(軽微)』
それで、終わり。
それ以上は追わない。
追う必要はない。
視線を外す。
少女は、また記録を取っている。
何も変わらないように見える。
だが。
「……」
ほんのわずかに、精度が落ちている。
揺らぎ。
誤差。
制御のズレ。
それを、確認する。
記録する。
ただ、それだけ。
「……問題ない」
小さく、言葉にする。
安定している。
維持されている。
崩れてはいない。
それでいい。
それ以上は、求めない。
ペンを置く。
静寂が戻る。
何も動かない空間。
何も変わらない時間。
その中で。
記録だけが、増えていく。
削ることも、捨てることもせずに。
ただ――
積み重なり続けていく。
理由は、単純だ。
「……まだ、足りない」
それだけだった。




