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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第49章|金の火の影
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(2)観測される側

(視点︰少女)


灰の塔の時間は、ゆっくりと流れていた。


季節は巡り、光の角度が変わる。

窓から差し込む朝日は、以前よりも低く、長く床を伸びていた。


「……」


少女は窓辺に立つ。


背は伸び、指先は細く長くなっている。

幼さはまだ残るのに、輪郭だけが先に整っていくような、そんな不安定な均衡。


手の中で揺れる金の炎は――


もう、子供の頃のものではなかった。


「……形は、保てる」


小さく呟く。


炎は崩れない。

意図すれば、応じる。


揺らぎは減り、輪郭は安定している。


けれど。


「……まだ、届かない」


本質には触れられない。


何をしている力なのか。

どこへ向かうものなのか。


分からないまま、精度だけが上がっていく。


机に戻る。

紙を広げ、ペンを取る。


その仕草も、どこか落ち着いていた。

以前のような勢い任せではない。


『対象:草花

 反応:張りの回復(安定)

 持続:延長傾向』


書き終えて、ふと手が止まる。

視線が、机の端へ向いた。


重ねたはずの紙の配置が、わずかに違う。


「……?」


違和感。


無意識に、手を伸ばす。

引き抜いた一枚。


そこに書かれていたのは――


『対象:少女

 状態:成長過程

 特異点:魔力反応の異常安定』


「……」


息が、止まる。


ページをめくる。

同じ日の記録が、何枚も重なっている。

数値は微妙に違う。繰り返し、確認している。


同じ筆跡。

同じ形式。


けれど――


全部、自分のことだった。


『観測時間:継続

 変動値:減少傾向

 感情反応:低減』


「……なに、これ」


喉の奥で、言葉が引っかかる。

さらにめくる。


『干渉時の出力変化:未確定

 外部要因:ベラトリス(制御)』


その一文で、理解が追いつく。


「……師匠?」


小さく呟いた、その瞬間。


「……見つけたかい」


背後から、静かな声が落ちた。

振り返る。

ベラトリスが、扉の前に立っている。


変わらない姿。

変わらない距離。


そのまま、時間だけが置き去りにされたような存在。



少女は紙を握り。

視線を向ける。


「……これ、なに?」


問いかける声は、落ち着いていた。


以前のような幼い動揺ではない。

理解しようとする、抑えた響き。


ベラトリスはゆっくりと近づく。


「そのままの意味だよ」


「君の観測記録だ」


「……私を?」


「そうだ」


迷いはない。


「……あの時の原因を、特定する必要があった」

「再現できなければ、止められない」

(……同じことを、繰り返さないために)

淡々とした説明。

そこに感情は乗らない。


「……ずっと?」


問いは静かだった。

ベラトリスは一瞬だけ間を置き――


「……あの時からだ」

「そう、最初からだよ」


そう答えた。


沈黙が落ちる。

少女は目を伏せる。

紙に書かれた、自分。


他人の視点で切り取られた“状態”。


「……これ、必要以上に細かい」

「……なんで、ここまで」


胸の奥が、わずかに軋む。

怒りではない。

悲しみでもない。


ただ――


「……知らなかった」

小さく、呟く。


顔を上げる。

その視線は、まっすぐだった。


「……じゃあ」


「私がやってきたことも、全部見てたんだ」


「そうだ」


ベラトリスは否定しない。


「必要な範囲で、すべて」


「……そっか」

少女は小さく息を吐く。


そして、ほんの少しだけ視線を横にずらす。

ベラトリスを見る。

改めて。


(……変わらない)

自分は変わった。

背も、声も、思考も。

少しずつ、大人に近づいている。


なのに――

目の前の存在は、何も変わらない。

時間の外側にいるみたいに。


「……師匠は」

ぽつりと、零れる。

「変わらないね」


ベラトリスは答えない。

否定もしない。

ただ、見ている。


少女は、その沈黙を受け取る。


「……そういうものなんだ」


納得ではない。

でも、理解はする。

それ以上、踏み込まない。


手の中に、金の炎が灯る。

以前よりも強く、はっきりと。


けれど――


わずかに揺れる。

ほんの少しだけ、制御が乱れる。


「……」


視線を落とす。

炎を見る。

整えようとする。

呼吸を合わせる。

それでも、ほんの微細な揺らぎが残る。


「……私」

小さく呟く。


「……ずっと、見てたんだ」


その声は、落ち着いている。

けれど――


確かに、以前とは違う温度を帯びていた。


紙を机に戻す。

きちんと揃える。

乱れはない。

外側は、いつも通り。


「……続ける」

静かに言う。

自分に向けて。


ペンを取る。

紙に向かう。

けれど。


もう同じではない。


“見ているだけの側”だったはずの自分に、

“見られている自分”が重なる。


金の炎が、わずかに揺れる。

それは、成長の揺らぎではない。

境界に触れ始めた、不安定さ。


ベラトリスは、それを見ている。

変わらず。

ずっと。


少女は何も言わない。

ただ、記録を続ける。


灰の塔の中で。

時間だけが、ゆっくりと進んでいく。

一方だけが、取り残されたまま。





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