(3)均されたもの
(視点︰ベラトリス)
同じ記録が、繰り返されている。
紙の束は増え続けているのに、結果は変わらない。
再現できない。
一枚、線を引く。
否定。
それだけを、淡々と積み重ねる。
視線が、手元に落ちる。
ペンを持つ手。 揺れはない。
以前は、違った。
ほんのわずかな誤差。 判断を鈍らせる揺らぎ。
思い出す必要はない。 ただ、記録として把握している。
それは――今は、ない。
「……安定している」
小さく、零す。
対象ではなく、自分に対して。
外側ではなく、内側。
観測対象は、広がっている。
机の端に、別の紙を引き寄せる。
何も書かれていない紙。
そこに、書く。
『対象:自分
状態:維持
特異点:感情反応の低減』
ペン先が止まることはない。
迷いも、ない。
書き足す。
『外的刺激に対する反応、減衰傾向
判断精度:向上』
それだけ。
それ以上の意味は、付けない。
視線を上げる。
部屋は変わらない。
何も動かない空間。 何も変わらない配置。
けれど。
自分だけが、変わっている。
削られたもの。 残したもの。
その区別も、もう必要ない。
指先に、わずかに魔力を流す。
均す。
波を抑えるように。
外に出ないように。 内側で固定するように。
呼吸が、静かに整う。
乱れはない。 偏りもない。
「……十分」
小さく、繰り返す。
これでいい。
この状態であれば――
誤差は最小限に抑えられる。
一瞬だけ、視線が揺れる。
机の端。
分けられた束。
触れていない記録。
以前なら、手が伸びていた。
理由を探していた。 意味を求めていた。
けれど、今は違う。
「……不要」
小さく、切り捨てる。
現時点で必要のないものは、排除する。
触れない。 扱わない。 それでいい。
ペンを置く。
静寂が落ちる。
何も動かない。 何も変わらない。
その中で――
「……固定する」
言葉にする。
対象ではなく、自分に対して。
これ以上、揺らさない。
これ以上、混ぜない。
必要なものだけを残す。
それ以外は――
「……削る」
迷いはない。
感情ではない。 選択でもない。
ただの、処理。
そうして――
“均された状態”が、保たれる。
それだけだった。
――それが、この先も続いていくと分かっていても。




