(1)触れている限り
理永は、老魔女の墓の隣に埋葬した。
あのままにしておくことは、できなかった。
土を掘り、横に並べるようにして、静かに収める。
手順は迷いなく進んだ。
それが正しいと、分かっていたから。
「……」
名を呼ぶことはしなかった。
呼んでも、返らない。
それ以上に――
呼ぶ理由が、分からなくなっていた。
土を戻す。
均す。
形を整える。
それで、終わりだった。
「……」
立ち上がり、少しだけ距離を取る。
二つ並んだ墓標。
新しい土の色だけが、わずかに違って見えた。
それ以上は、何も感じない。
感じないようにしているのか、
本当にないのか――
もう、区別はつかなかった。
視線を外す。
そこに留まる意味はない。
「……」
少し離れた場所に、由良がいた。
動かない。
呼びかけても、反応は薄い。
ただ、そこにいるだけ。
まるで――
何かが抜け落ちたように。
「……由良」
名前を呼ぶ。
わずかに視線が動く。
けれど、それだけだ。
感情は乗らない。
何も返ってこない。
「……」
理永の死を、理解していないのか。
それとも――
理解する必要を、失ったのか。
どちらでもいい。
今は、そこに意味はない。
「……」
視線を戻すことはしなかった。
ただ、確認する。
現象として。
由良は、変化している。
明らかに。
そして、それを――
「……記録する」
小さく、呟く。
それだけが、今の自分に残された行為だった。
―――――――――――――――――――
それから、どれくらい経ったのか。
(視点︰由良)
時間の感覚は、曖昧だった。
どれくらい経ったのかは分からない。
時間が過ぎていることだけは、分かる。
けれど、それを確かめる理由はなかった。
ただ、同じ場所にいる。
小屋の中。
変わらない景色。
そして――手の中の箱。
「……」
指先が、自然に触れる。
意識しているわけじゃない。
気づけば、そうしている。
それだけで、呼吸が整う。
最初から、そうだった気がする。
――違っていたとしても、もう関係ない。
けれど、その違いを考えることはなかった。
「……」
箱を持つ。
軽くもなく、重くもない。
ただ、そこにあるという感覚だけが残る。
離す、という発想は浮かばない。
必要がないから。
立ち上がる。
外へ出る。
風が頬を撫でる。
木々が揺れている。
その音も、どこか遠い。
少しだけ歩く。
意味はない。
目的もない。
それでも、足は動く。
やがて――止まる。
振り返ることもなく、分かっている。
戻る場所がある。
「……」
小屋へ戻る。
扉を開ける。
中は、変わらない。
そのまま、同じ位置に座る。
同じ動きで、箱に触れる。
それで、整う。
もう、確かめる必要もなかった。
目を閉じる。
何も浮かばない。
何も考えない。
それでいいと思っている。
それが、自然だった。
「……」
ふと、何かが引っかかる。
ほんの一瞬。
形にもならない違和感。
何かを忘れているような感覚。
―――けれど、続かない。
箱に触れているだけで、それは消える。
最初から無かったみたいに。
「……」
静かに息を吐く。
落ち着いている。
崩れない。
何も問題はない。
そう判断する。
指先に残る温度。
それだけが、確かなものとしてある。
それがあれば、いい。
それ以上は、必要ない。
そう決めたわけでもないのに、そうなっていた。
箱を持つ手は、動かない。
離す理由がない。
離す必要もない。
ただ――
触れている限り、大丈夫だと分かっている。
――それ以外は、もう考えなくなっていた。




