貧乏籤
視点 辺境伯アウディです。
「守銭奴どもめ!」
兵を通すのに、山脈を住処にするドワーフ部族へ少なくない金貨を支払った。山岳地帯ではドワーフに敵わないのだから通行料は必要な事。王位の為に必要な投資だとしても、王子は不満なのだろう。元をたどれば、その金貨は民が必死になって納めた税なのだ。
そして更に民には負担をかけている。冬が終わり、畑に種を蒔かねばならない季節が近づいているのに、農民からも兵を募った。戦が長引けば実りの季節にツケを払う事になろう。
「兄の軍は風見鶏男爵の領に入ったのか?」
「はい。3日程前に」
私は短く答えた。降伏の際に名乗っていた長い家名は思い出せないが、問題はない。風見鶏男爵で事足りる。聞けばジナリー王国側も裏では同じ様に呼んでいるらしい。男爵は敵味方共に風見鶏殿と馬鹿にされている。国境で強い方を容易に向く。領主としての矜持の無さを揶揄した言葉。
だが同じ辺境領主としては同情を禁じ得ない。北の山脈から吹き降ろす風に冬は厳しく、狭い平地に実りは少ない。国境とはいえ、我らクリーナ聖王国とジナリー王国は貿易が盛んな訳でもない。民を飢えさせないのが精一杯な領土に兵を養う事など叶わない。強きに従うは処世術だと分かるからだ。
「兄は何故先行しない?先行し戦果を挙げられたら困るのは、こちらだと言うのに」
「器量の問題でしょう。挟み撃ちを恐れているのです」
先王が側室に産ませた長男と正室に産ませた次男。正室と側室に家格の差は無く、貴族達の後ろ楯も互角。後継者を定めずに先王は急死し、起こるべきして起こった事態。
宮廷司祭の策略により、先王の死は伏せられ教団の意向により進められた出兵。ジナリー王国が国教を大地母神に戻した事に対する懲罰と言う名の嫌がらせ。そして次の王に教団への影響力を強くする思惑。
ジナリー女王も傀儡と聞くが、流石に準備万端で迎え撃ってくるだろう。
「怯懦な事だ……」
王子はそう呟いた。
☆☆☆
「アウディ伯。殿下が参られます」
夜。天幕内で夕食を終え、そろそろ休もうかという時分に王子からの先触れがきた。明日には風見鶏男爵領にて全軍が集結し、大軍の渡河出来るロストム橋に向け出発する予定だ。
無論、ロストムの対岸にはジナリー王国軍が布陣し待ち構えている。こちらは2人の王子が、それぞれ約1万の兵を率い総勢2万。対して相手は女王が親征してきており総勢約1万。兵数に多少の誤差はあるだろうが、こちらが倍の兵数を持つ。
だがドワーフの石造りの橋は大軍には狭く、押し渡るには、冬が明けたばかりの河の水量は多く水は冷たい。しかもこちらは一枚岩には程遠い。勝てはするだろうが得られても風見鶏男爵領までだろう。そしてジナリー王国側が国力を盛り返せば風見鶏はあちらを向く。
出来ることなら一戦して、痛み分けで早急に和睦が最善。貴族も平民も王位とそれに絡む教団内の権力争いなどは知った事ではないのだから。王位は至高神聖神派の都合良い方を宮廷司祭が決めれば良い。
「邪魔をするアウディ。相談がある」
そう言って現れた王子が告げた相談内容は驚くべき内容だった。
☆
「某が兵五千を率い南下すると?」
「そうだ。兄には不甲斐無い弟が半分しか兵を整えられなかったと告げておく」
王子の策は兄に対して安心感を与えつつ、ジナリー王国軍側面への奇襲。だがその為には河を渡らねばならない。冒険者や偵察兵数名が渡河するのと、五千からの兵が渡河するのでは違う。
更に渡ってしまったなら、補給も撤退も困難になる。現地調達にしても春になったばかりで、村落に食料は少なく現実的ではない。確実にジナリー軍を叩く。最悪でも一戦したら手早く引くしか生き残る術はない。
「男爵領の南に商隊でも、渡河出来る場所があるそうだ」
「それは某も聞きましたが、夏場の話かと……」
「夏に可能なら春でも多少の無理で可能なはずであろう。そして我が将で一番、戦慣れしてるのは、そなただ」
クリーナ聖王国の東の辺境伯として、日々、小王国連合と小競り合いをしているのは確かだ。だが、それ以上に別働隊の将など、中央の温室貴族なら誰も引き受けたくないからだろう。そもそも、理由を付けて当主の代理人ばかりの軍だからこそ、普段王子と接点のない辺境伯が王子の側に居れるのだ。
「アウディ伯。伯爵位以上では貴殿含め数名だ。我が軍で貴族家の当主が参陣しているのは」
「しかも貴殿は農民兵の混ざりがない精強な兵を率いている。副将としての家格からしても貴殿しかいない」
それは単に政治力の不足を示しているだけに過ぎない。そして農民兵をかき集める余力がなかっただけだ。また、後付け辺境伯の田舎領主の家格など飾りに等しいのだが……。
「副将として、別働隊の全権を委任いただき、公文書にしていただけるなら。更に物資、資金も半分強、いただかねば自信がありませぬ」
断るつもりで、王子に条件を吹っかけた。王子と対等な権限と物資、資金を半分以上を寄越せと言うのだから、まず断るだろう。不遜だと怒る様ならば謹慎を理由に自軍だけ離脱するのもありだ。
「良かろう。文章は朝迄に届けさせる。午前中に兵を割り、昼には出発する。ジナリーの小娘の横面を引っ叩いてまいれ!」
王子は即決し笑いながら天幕を出た。やはり、私には政治力が不足している。
後付け辺境伯
アウディ伯の先祖は国境で勝手に伯爵を名乗り、後からクリーナ王に伯爵位を認めてもらった為、他の伝統ある貴族から裏では侮りを受けています。
ただ実力で伯爵位を認めさせたのですから、武力も経済力も現アウディ伯が思う以上に持っているのですが……。
私の黒歴史がまた1ページ。




