睦言
デグ視点です。
ハルピアを出立し、ジナリー王都を目指す商隊の片隅。ゆっくりと進む商隊に会わせて、自分と騎乗大蜥蜴の昇龍号、そして歩き巫女に扮した不死者のサナは歩いていた。
正確には自分は騎乗しているし、サナは浮遊しているので、歩いているのは昇龍号だけなのだが。
商隊の護衛ではなく、同行しているだけなので報酬は出ないが、朝晩の食事にはあずかれる。代わりに戦闘があれば護衛程ではなくとも戦う義務があるが、そもそも今は商隊を襲うなど大胆な事を仕出かす人間は少ない。
この商隊を襲うなら、ちょっとした傭兵隊規模の兵力が必要で、今、それだけの兵力があるならジナリー王都で傭兵として雇われた方が良いからだ。
出立前にデポ姐さんが教えてくれた状況では、クーリナ聖王国は農民まで兵士として動員し、総兵力2万。対してジナリー王国側は貴族達の兵と傭兵を合わせて現時点で8千。最終的には1万が総兵力になるだろうとの事だ。兵数に劣るジナリー王国側は傭兵に相場より高い報酬を約束している。
現に近くを歩くのも、流れ者の傭兵風情の者達だ。顔だけ見れば美しいサナにさり気なく近づいてくる者もいるが、昇龍号が視線をやると黙って離れる。それを見てサナは苦笑していた。知っている自分が見ても、魔術で偽装しているのか、普通に肉体があり歩いている様に見える。不思議なものだ。
そんな傭兵の1人が、近くの耳聡い行商人と話をしているのが聞こえる。
「なるほど。農民兵まで動員とは、麦畑を放ってまで兵を集め、遠征してくるクーリナ王は信心深いのかね?」
「それが旦那。クーリナ王は病で死にそうで、攻めて来るのは妾腹の嫡男と正妻の次男。武功を上げて、至高神聖神派の司教の感心を買いたいんでさ」
「司教が推した方が次の王様かい?」
「でしょうねぇ」
こちら側のジナリー王国もサーシャ女王が即位するまでに一悶着あった。向こうは王が戦傷を負いつつも帰還した事で時期がズレたのだろう。大きな傷を負うと、それが元で病が起こる事がある。
神官や司祭に、その都度に癒させるには金がいる。王ともなれば戦場でもないのに、下級神官に相手させる訳にはいかない。結果、手遅れになる事があるとロバート卿に聞いた。面子が人を殺す事があると。
そう言うロバート卿は今回、妻の病を理由に王の招集を断ったと聞く(だが食事会でお見かけした奥方は元気そうに見えた。恐らく病は嘘だろう)。国王代行のリキタ伯も自分の様な領土無しの下級騎士は招集したが、主力の兵は出し渋っているそうだ。
戦に兵を出すからこその叙爵。貴族に課せられた数少ない義務。自分が付け焼き刃で習った貴族の心得にそうあった。故に兵を集めないのは明らかに怠慢だが、それでも元からサーシャ派だった貴族は余り問題にはならないらしい。
サーシャ女王が強く出兵を求めたのは反女王派だった貴族達。有力者だった宰相も冬の間に職を辞し、侯爵位を嫡男に譲って領土に帰ったそうなので、上では色々あるのだろう。
「止まれ!止まれ!今日は、この辺りで夜営する!」
商隊の丁稚が商隊長の命令を伝達してまわっている。明日にはリキタ伯の領都に着く予定だ。
☆☆☆
「この辺りの戦は、のんびりであるな」
サナが天幕内で呆れた様に告げた。自分は野宿でも構わないのだが、眠らぬサナは外では目立つ。結果天幕を張り二人で中に籠る事になるが、周りからは毎晩睦み合っている様に思われている。
結果、自分達への態度はは女性陣からは軽蔑が男性陣からはやっかみが多かった。無論、サナが不死者だと発覚させない為に弁明も出来ない。サナは、その様な些事は気にしない様子だったが……。
「冬が明けねば兵を動かせぬとはいえ、こちらが準備を整えた頃に侵攻してくるとはの」
自分の困惑を気にも留めず、サナは自分が広げた地図を見ている。ブレナ殿に渡された鳥瞰図という書式の地図だ。自分が以前兄者と見た地図は文章で書いてあったので、当時は全く読めなかった。
この鳥瞰図は図と文字でかかれているが、まるで竜か鳥の様に空から見た図になっているので読むには慣れる必要がある。魔術師や軍に携わる貴族なら学んで当然の知識だと言うのだが……。
「サナは鳥瞰図が解るのか?」
「基本であろう?いや、そうだな。デグには説明が必要か、その小石をだな……」
サナの説明ではジナリー王国の北の国境、ドワーフ達が住む山脈を大軍で抜けられるルートは二つ。恐らく、それぞれをクーリナ聖王国軍は抜けて来る。
対してジナリー王国側はその街道が合流し北東から南西に流れる河を渡河する橋の手前に布陣するだろうと言う。
「河を渡った先の畑の方が開けていて逗留しやすそうだが?」
「たわけ!背水に陣を引く馬鹿があるか!」
疑問に思った事を尋ねると、サナに叱責された。サナが言うには大軍を渡河させるのは時間や労力がかかるので、河を挟んで対陣し、ジナリー王国側は時間稼ぎをする作戦だろうと言う。
「ジグよ。兵は食わさねばならん。聞けば相手は無理な動員をしておる。決戦を避けておれば、負けはせぬ」
先に「のんびり」と言った訳を聞くと。サナの故郷の聖王国軍なら、冬でも先遣隊で強襲し橋頭堡を築き、春を待って全軍で侵攻するぐらいはするだろうと言う。自分には全く分からない話だが、戦とは、そう言うものらしい。
「連携が取れた2万なら、片方が強攻し、片方が渡河して横槍を入れる策もあろうが、無理じゃな。ジナリー王国は負けはせぬ」
眠くなってきた自分を見ながらサナは話をまとめた。サナの嬌声が聴けるかと辺りに陣取る者達には悪いが、頭だけの不死者のサナと何かする気は全くない。
「だが、デグよ。勝ち戦でも死者は出るし、将と違い兵は小競り合いは避けられぬ。油断はせぬようにな」
サナは最後にそう言うと、何故か風に当たってくると言い、笑いながら天幕を出た。
この世界、地図≒鳥瞰図なのは教育を受けた者だけです。何度か書きましたが、竜の島を除けば識字率も引く、文字の地図でさえ読めない者が大半です。
文字の地図とは「ハルピアから北に街道を10日でロイター」の様に書かれています。
私の黒歴史がまた1ページ。




