あぁ
デグ視点です。
「湯で髪を洗うなど、何年ぶりであろう」
大桶に張られた湯で自分はサナの頭を洗っている。湯と共に頼んだ小さな、それでいて高価な石鹸がサナの髪に溜まっていた汚れを落としてゆく。ただ、もしこの状態を他人が見たならば女の生首を洗っている様に見えるだろう。
「魔術で最低限、身なりを整えてはおったが、やはり湯は良いな」
髪を洗われているサナは鼻唄の一つも出そうな程、上機嫌だ。湯が汚れて濁ってきたので替えの湯を頼んだ方が良さそうだが、石鹸については迷う。
後で自分も湯で体を清める予定だが、髪の無い自分は高価な石鹸を使う必要はあまりない。とはいえ先ずは頭だけのサナの長い髪を洗い終えなければならない。
「デグよ。そなたは自身にはない頭髪の扱いが上手いな。誰かに習ったのか?」
「習ってはないが、生まれた村で身についた。頭を使う必要のない雑務は一通り、やらされた。」
自分達兄弟を庇護してくれていた義理の祖父が亡くなり、村長が変わってから、自分達の扱いは事実上、下人だった。教育を受けていた兄者は、それでも、ある程度は尊敬を受けていたが、自分は違う。
ただ当時の自分は、それで良かった。食事の量や質には不満を抱えていたが、周りの使用人達は皆そうだったからだ。だが村長の息子達と兄者を比べた時に、兄者の方が文武共に優れていた事が災いした。自分と兄者は事実上村を追われたのだ。その直前にレイカ様と出会えたのは奇跡だろう。
「生まれた村か……。故郷の村とは呼ばぬのだな」
「あぁ」
自分が答えると、サナからのそれ以上の言及はなかった。
☆☆☆
「お飲み物のエールは小樽一つでよろしいですか?」
「あぁ」
盲目のハーフエルフに二人分の夕食を頼んだが、エールは小樽一つにした。全て自分が飲み食いするのだが、酒は飲み過ぎない方が良いだろう。
それ程待たずに黒パンと腸詰め各種、エールの小樽が運ばれてくる。木製のジョッキは二つ付いていたが、サナは飲み食いしないし、乾杯をする事もない。
「不死者になり、飢える心配はのうなったが、飲み食い出来ぬのが、さびしい限りよ」
食事をする自分を見つめながら、サナが呟いた。首を刎ねられる前は師弟達でエールを飲む事もあったそうだ。
「ただ聖王国のエールは至高神の教えの影響で水っぽくてな」
確か至高神の教えでは酒は禁止されていると聞いた。他にアヘン、大麻、タバコ、コカの葉、英雄など、教本には摂取を禁止する物が多数あるとサナは話す。だが酒に関しては教えに忠実な者しか守っていないそうで、聖王国でさえ厳格に守らせたりまではしないそうだ。
「で、[英雄]のレシピを開発し、シーフギルドを通じて売り捌いていたのが、妹弟子達でな。その為、我は捕らえられ即日斬首された」
「[英雄]のレシピが広まらずに済んだのは僥倖だった。あれは莫大な富を生む。が、国の1つ、2つは楽に揺るがすからな」
手持ち無沙汰で昔語りを始めたサナに適当な相槌を打つ。5人いた弟子は破門されて行方不明になった者を除けば、1人だけ生き延び、今は魔王国の王立研究施設に勤めているそうだ。元々下級魔族が人間に化けて、弟子になっていたので人間としての経歴は消されていたと分かったらしいが。
「シーフギルドに暗殺された者、自害した者、処刑された我。師も亡き者となったかと思うていたが……」
「なるほど、レイ……。[聖女]様が魔王立研究所で開発された[眠神]のレシピをムゲット殿を通じて教わったのはその繋がりからなのか」
「[眠神]と名付けおったか。『神の名は告げぬもの』という不文律を気にしない、あやつぐらいでないと、その名はつけぬ」
食事を終えた自分が口を拭きながら、返答するとサナは愉快そうに笑った。どうもサナは笑い上戸らしい。そして、不遜である、あやつらしいと呟く。
レイカ様は、[眠神]にも中毒性があるので慎重に扱う必要があるが、冒険者や騎士、兵士には必要不可欠な薬になるだろうと予言されていた。
「デグよ。時期がきたら我を師に会わせてくれ。なに、師に不死者として浄化されるなら、悪くないでな」
「あぁ」
自分はそう返答した。
眠りの神モルフィスからモルヒネは命名されてます。
モルヒネは苦痛がある相手に投与量さえ間違えなければ、中毒性はないとの説もあります。痛み止めとして必要なのは極めて少量なのに、大量に投与するから中毒性が出るとの主張です(苦痛がない相手に投与は論外)。真偽は不明です
私の黒歴史がまた1ページ。




