最強の武器
デグ視点です。
「身なりを整える?我には整えるべき身が無いと気づかなんだか?」
サナは一仕切り笑うと着ていた神官着と旅用マントを下に落とした。すると現れたのは全裸の女性ではなく、長い髪をした生首。その顔立ちは美しかったが、無論人間ではない。不死者、[首だけ聖女]だ。
「[首だけ聖女]……。」
自分はレイカ様により聖化された戦斧を構える。首しか持たない不死者。魔術攻撃が主体なら、自分には容易い相手のはずだ。
「[聖女]?死しては勿論、生在りし時分にも、我に聖女たる資質は無かった。我が師こそ[聖女]に相応しき人物だったのだが……。時にデグよ。ムゲットと言う大地母神官の名は知っておるか?」
本来なら、問答無用に戦斧を叩きつけるべき相手。だが、聴き知った名が出て手が止まる。人違いで無ければアヤメ殿の実母、今は鈴蘭を名乗る大地母神官がムゲット殿。竜の島から帰る前に滞在した村で簡易神殿を開いていた。
「その様子。知っておるのだな?我が師には、どの様な名が残っておる?」
「ムゲットという名として残るのは約20年前に聖王国から追われてハルピアに来て行方不明となった事のみだ」
するとサナはその形の良い眉を顰める。そして少し高度を上げ、戦斧が容易に届かない位置に移動した。もし兄者の剣が無ければ、一方的に魔術を浴びせられ殺されるだろう。自分は助走をつけ飛び上がれるよう準備する。
「まあ、待てジグよ。我は敵対を望んでおらぬ」
そして改めて今度は高度を下げて近づいて来た。もし自分が戦斧を振るい掠りでもすれば聖なる力により灰になる間合いだ。手を上げて敵意が無いと示せないサナの譲歩と見るべきだろう。
「デグよ。『ムゲットという名として』と申したな?我が師は他に名を変えて記録に残っておるのか?」
「名は残っていない。詳しくは話せないが御存命だからな」
「生きておられるのか!」
大きく叫んだ後、小さく「何と」と呟き、サナは沈黙した。そして沈黙を保ったまま、小さく震えている。良く見れば、その双眸から涙が零れていた。今ならば自分が駆け出しの冒険者だったにしろ、上位の不死者である[首だけ聖女]を容易く灰に帰せるだろう。
だが自分はそんな気になれずにいた。酒場の戯れ歌で聴いた「[女の涙]には[勇者の剣]でも敵わない」という言葉を何故か思い出したが、不死者にも当てはまるとは思っていなかった。
☆☆☆
「あら?デグさん。久しぶり♡」
駆け出しの頃、ロバートさんに連れられて良く来ていた闇宿屋を久しぶりに訪れた。普通、宿屋は冒険者向けなら冒険者の店ギルド、傭兵向けなら傭兵ギルド、一般向けなら宿屋ギルドに加盟しなくてはならない。
だが、ここハルピアはギルドの力が弱く、少し裏通りに入ればギルド未加盟の闇宿屋などいくつもある。ここは、そんな店の一つ。もちろん看板など出ていないので、今だに店の名前を知らない。
「今度は……まぁ、新しい[聖女]様なの?結婚したって、聞いてたけど?」
隣で無言で立っているサナを見て宿の主人が、声質に似合わない甲高い声をあげる。見た目は自分と変わらないぐらいの筋骨隆々の男だが、入っている魂は女性らしい。元々なのか何かの魔術によるものなのかは分からないが、裏通りで人の過去を詮索するのは野暮というものだ。
この店には酒場で意気投合した女性を連れて、ロバートさんと連日通った事もあった。ロバートさんの様に毎回違う相手とはならなかったが。それにこの店は色々と便利なサービスがある。神官着と旅用マントを羽織ったサナは泣いていた跡など見えず、うっすらと笑っていた。
最初[魅惑の伯爵夫人]に連れて行こうと考えていたが、サナ曰く「たわけ!あんな強力な結界に触れたら、一瞬で灰になるわ!」と怒られた。どうやらデポ姐さんの店には知らず強力な対不死者結界が張ってあるらしい。
「部屋に湯を運んでくれ。後、[歩き巫女]用の新しい神官着に旅用マント、大地母神のシンボルを簪に擬した物の手配を」
「オッケー♡。湯は直ぐに運ばせるわね」
少なくないの銀貨と引き換えに自分の注文を受けた主人が鍵を渡した後、ウインクをして奥に入ってゆく。ここの主人は金さえ払えば、合法、非合法を問わず様々な商品や情報を仕入れてくれる。無論、限界はあるが。
「良い冒険者は仲間にも知らせない奥の手を持っておくものだ。あの嬢ちゃんでさえ[契約者]で[転生者]だと黙っていただろう?」
と、ロバートさんは、この店を紹介してくれた時に教えてくれた。確かに奥の手を使いロバートさんはロバート卿になり、ミケは兄者を殺した後、速やかに去った。馬鹿正直は長生き出来ないとも話していたが、確かに兄者は騙されたまま死んだ。
階段を上り、サナと部屋で待っていると目の見えぬハーフエルフの少女が大桶一杯の湯を器用に零さず運んで来た。余計なものを見ない様にと調整された奴隷だ。幾らか払えば違うサービスをさせる事も出来る様になっているという。
「追加の湯が必要ならお声かけを」
か細い声で告げると、少女は出てゆく。そういえば食事をしていなかったので、湯を使った後に頼む必要がある。色々あったし、サナは食事の心配がないから、忘れていた。
「湯浴みの手伝いを頼むぞデグ。我は髪を洗えぬからな」
サナは冗談とも本気とも言えぬ事を言うと笑った。
「アンデッドは神聖魔法を使えるか?」
SFのタイトルの様ですが、「使えなくはない」が答えです。
ただし一部の例外を除き、啓示を受けた神のシンボルを所持していなくてはなりませんし、神に祈らなくてはなりませんが。
私の黒歴史がまた1ページ。




