最後の夜
デグ視点です。
「我ら聖王国を愚弄するにも程がある!」
レイカルさんが席につくと同時に一階のテーブル席で座っていた男の方の聖騎士が叫びながら立ち上がった。隣にいた女の方の聖騎士と周りの兵士は唖然として動かない。
「小娘!その弟子とか言う魔族を寄こすつもりか!」
「お客様〜騒ぎは困ります〜」
店の奥でメインディッシュを監修していたデポ姐さんが、慌てた様子もなく出てくる。男が剣を手にテーブルを離れるのを見て自分は近くの戦斧に手を伸ばしたが、チャガラがそれより早くリザードマン刀の鯉口を切りつつ階段下に飛び降りた。
「今なら黙って店を出ていくだけで済むっすよ」
警告の声が聞こえぬはずはないが、男は黙って剣を抜く。
「抜いたっすね」
チャガラが呟くのが聞こえる。竜の島で竜叫流の師が道場で言っていたのを思い出す。
「刀は抜かずに治めよ。だが抜いたなら斬れ」
楽しげに笑うチャガラが間合いを測っている。竜叫流にもアヤメ殿とは違うが抜き打ちの技があるらしい。
「止めぬか!愚か者!」
クーアハーゼ殿が一喝するが、男は毒づいた。
「緊急事態省の木っ端役人如きに、聖騎士が従うとでも……」
[硝子化](使1残74)
と、男がそこまで言うと、何か硬い物にヒビが入る鋭い音がした後、今度は澄んだ硝子が砕け散る音が続けてした。
気がつくと男のいた所には剣を含めた男の服や持ち物と砕けた硝子片だけが残されている。中魔法には詠唱は要らないが、あまりに突然すぎて理解が追いつかない。。
「店を〜血だらけにされては困ります〜蒲公英さん〜塵を入れる袋を〜」
デポ姐さんは中空から出した箒とチリトリを既に手に持っていた。まるで落として割った皿を片付けるかの様に極自然に。チャガラは黙って肩をすくめた後、席に戻って来る。
「お騒がせしました〜。しかし最近の聖騎士は〜魔術に抵抗する構えさえ〜出来ないのですね~」
静まりかえってしまった店に、デポ姐さんの呟きだけが響いた。
☆☆☆
店に居た冒険者達にエールが振る舞われている。店を騒がせた謝罪にデポ姐さんが指示を出したものだ。流石に多少騒然とした店内もただ酒が飲めるとなれば、すぐに元の喧騒に戻る。
デポ姐さんは渡された袋に手際よく硝子片を片付けると、青い顔をして呆然と立つ女聖騎士に拾った剣を渡した。あの聖騎士は異国の露と消えて、処理上は恐らくは殉死とされるのだろう。
護衛の兵士らは既にクーアハーゼ殿の指示で聖王国派の神殿宿舎に帰る様に促され逃げる様に去っている。腕前はともかく、あれならば、そこらにいる冒険者の方が肝が座っている分役に立つ。
そして何事も無かった様に会食は続けられている。レイカ様も出会った頃と違い人の死に動揺しなくなった。それは恐らく自分もそうだ。少し遅れて出されたメインディッシュの肉は素晴らしく旨かった。ハルピアを去れば二度と食べる機会はないのが惜しい。
「あの魔術は抵抗なド、無理ですヨ」
魔術士のルチェ殿が呟くと、クーアハーゼ殿が首を横に振った。
「対応が出来ていないのだから、それ以前の話です。お恥ずかしい話だが、抵抗の可否など関係ないレベルです」
自分には兄者の剣の加護があるので直接的な魔術は効かないが、そうでなくとも[来る]と分かっている魔術には抵抗が出来る。そして上手く行けば効果を無効化したり軽減出来たりするのだが、間に合わ無ければそれまでだ。
「うーん。レイカル大丈夫?人間に変装した方が良くない?」
「大丈夫ですよ。お師匠様。ただ一つお願いがあります。狭間筒を貸してはもらえませんか?」
レイカ様とレイカルさんが話をしている。雰囲気は全く違うが、最近レイカ様はレイカルさんに似てきた気がする。レイカ様は元々美しい方だったが、それに磨きがかかってきた。
自分は大地母神の戦士として、レイカ様に仕えるべきだと分かっていても、妻としたアリスと宿った子とハルピアを去らねばならない。兄の無念も大地母神からの使命も放り投げる事になるが、先日レイカ様は言った。
「ジグさんはデグさんに復讐は望んでないよ。それに[聖女]と冒険者は両立難しくなってきたから、色々考えてるんだよ。私も……」
レイカ様が旅に出るとなれば、近いうちに[聖女]として旅に出る事になるだろう。商隊に便乗してではなく、レイカ様の為の護衛隊がつく旅になる。無論、望めばレイカ様の護衛の一人として過ごす事は難しくない。
だが……。
「そういえバ、希望していた騎乗大蜥蜴は次の船でつきまス。[昇龍号]と名がついてまス」
ルチェ殿に話かけられ、我にかえった。下級騎士として馬が必要だが、自分には馬よりも騎乗大蜥蜴の方が合っているようなので、ルチェ殿に頼んでいたのだ。馬は何故か自分を見ると怯えてしまう。
「冷夏の護衛は、あっしとルチェとで十分っすが、レイカルはどうするっすか?」
「[昇龍号]と一緒に買った下人が届きまス。それと大地母神殿から護衛がくると聞いてまス」
ルチェ殿は魔術士というだけでなく、最近はパーティの物資や資金、スケジュール等を管理する様になっていた。リザードマンの美醜は自分には分からないが、リザードマン界隈では才色兼備とはルチェ殿を示しているとさえ言われているそうだ。
「デグ君〜少し酔ってますか〜?」
「珍しいっすね。悩みなら半刻、銀貨1枚で聞くっすよ」
デザートの氷菓子を運んできたデポ姐さんと、チャガラに心配された。自分の[竜の卵]としての最後の夜はこうして終わった。
傍から見ればデグは冒険で富を築き、下級騎士に成り上がって引退。更に結婚も出来る成功した冒険者なのですが……。
私の黒歴史がまた1ページ。




