騒動の結末
騎士団の厳しい取り調べに対して、最初に音を上げたのはガウラルア商会の商会主モテオだった。
モテオに根性が無いのではなく、騎士団が取り調べ対象の急所だと考えて、重点的に取り調べを行った結果だ。
モテオはフロンデール伯爵家のセルドロから依頼を受け、遊覧飛行を行っている者を狙撃するように子飼いのブレンナーに命じたと白状した。
ブレンナーもモテオが全て話したと聞かされると、観念してモテオから指示を受け、元反貴族派の若者に騒ぎを起こすように命じ、さらには狙撃の依頼をしたことまで白状した。
セルドロが第一街区から第二街区へと出た時間。
モテオが第二街区から第三街区へと出た時間。
ブレンナーが第三街区と都外を出入りした時間も、全て騎士団によって調べ上げられていた。
モテオとブレンナーが白状した後、騎士団は歓楽街の店へと踏み込み、実行犯も捕縛した。
ただし、実行犯の男は、騎士団の厳しい取り調べに対しても頑として口を割らず、後に嫌疑不十分で釈放されることになったが、それは全てが片付いた後の話だ。
モテオとブレンナーが犯行を自供した翌日、宰相オーレリオ・エルマリートは、第二王子バルドゥーインに慰労会と称する食事へと招待された。
この時点で、オーレリオには襲撃事件の捜査に関する情報は、何一つ知らされていなかった。
そのため、オーレリオは判断に迷っていた。
これは純粋な慰労なのか、それとも襲撃事件の容疑者としての呼び出しなのか。
そのどちらであっても、オーレリオは覚悟を決めて招待を受けることにした。
場所は騎士団の食堂。
ここは貴族が不祥事を起こした時に取り調べが行われる場所でもあるが、バルドゥーインが気の置けない仲間との会食に使っていることでも知られている。
騎士団の食堂を訪れたオーレリオは、給仕に奥まった一室へと案内された。
オーレリオは部屋に入った途端、今日の呼び出しが取り調べだと判断した。
その一室には、セルドロ・フロンデールの姿があったからだ。
「やあ、セルドロ、君も招待されたのか?」
「よくそんなに落ち着いていられるな」
セルドロはオーレリアの姿を見てホッとすると同時に、何事も無かったような落ち着きぶりに違和感を覚えた。
「何の話だい。今日は遊覧飛行が大きな混乱も無く終了した慰労会だと聞いているよ」
「そんな訳ないだろう! これは襲撃に対する取り調べだ」
「襲撃? セルドロ、まさか君が遊覧飛行の襲撃を指示したのか?」
「貴様、俺を切り捨てるつもりか?」
「切り捨てる? 一体何の話をしているんだい、セルドロ」
「とぼけるな! あの劣等種に一泡吹かせるために協力しろと手紙をよこしたのは貴様だろうが!」
騎士団の食堂は、他の部屋の会話が聞こえてくるような安っぽい造りにはなっていないが、セルドロは声を抑えるという判断すら忘れるぐらい激高していた。
「そんな手紙を出した覚えは無いよ。私が出した手紙には、ニャンゴ・エルメールが主役となって遊覧飛行が行われるから、よろしく頼むとしか書いていなかったはずだよ」
「どこまでも姑息な男だな、飛行するルートや高さまで明かしたのは、襲撃しろという指示だろうが!」
「とんでもない! 私はちゃんと書き添えたはずだよ、万に一つも墜落するような事態になっては困るから、よろしく頼むと書いたはずだ」
「いいや、そうではない。万に一つも墜落するような事態になっては困る、それを踏まえた上でよろしく頼むと書かれていた。これは墜落させずに、肝を冷やさせろという意味だろう!」
セルドロは掴み掛からんばかりの勢いで声を荒げたが、オーレリオは柳に風とばかりに受け流してみせた。
「セルドロ、君がそんな妄想癖の持ち主だとは知らなかったよ。あぁ、私が君という人物を見誤ったことが襲撃の原因とは、陛下にお詫び申し上げなければならないな」
「オーレリオ! 貴様……」
「はっ……」
オーレリオは、セルドロがテーブルの上から手にしたナイフを見てハッとした。
それは騎士団の食堂で使われるには、あまりにも鋭い刃先を持つナイフだった。
「ま、待て……セルドロ、落ち着け!」
「オーレリオ、俺は落ち着いているよ」
「ば、馬鹿な真似はよせ!」
セルドロは一ヶ所しか無いドアを背にして、テーブルを回り込んだオーレリオと向かい合った。
「家の者に調べさせたが、俺が使ったガウラルア商会へは騎士団が踏み込み、商会主のモテオをはじめとした従業員全員が捕縛されたそうだ」
「な、何の話をしているんだ」
「まだとぼけ通すか。まぁいい、モテオは小心者でな、用心深いから便利に使ってきたが、今回ばかりは下手を打ったようだ。あいつが騎士団の取り調べに耐えられるはずがない」
「だから、なんだ……」
「分からないのか、もう俺は終わりなんだよ」
セルドロはナイフを右手に構えながら、テーブルを乗り越える足場に使うべく椅子を引いた。
「この部屋に通されて、一人で随分と待たされた。待たされているうちに、このナイフに気付いたんだ。なぁ、これは食事に使うナイフじゃないだろう」
オーレリオは他の席のカトラリーに視線を走らせたが、並べられているのは刃先の丸いナイフばかりだった。
「一本だけ不自然に置かれた鋭すぎるナイフ、この使い道を俺は完全に理解したぞ、オーレリオ!」
「だ、誰か! 乱心だ! セルドロ・フロンデールが乱心した!」
「無駄だ、オーレリオ。たぶん、そのドアは開かないぞ」
「なんだと……」
「お前も切り捨てられたんだよ」
「はっ? 私が切り捨てられた……?」
「宰相の代わりは居る、だがニャンゴ・エルメールの代わりは居ないってことだ」
セルドロの言葉を聞いて、オーレリオはブルブルと震えだした。
「ふ、ふざけるな! 私が、あんな劣等種に劣っているとでも言うのか!」
「そうだよ……お前、空を飛べないじゃないか」
「馬鹿を言うな、私はシュレンドル王国の宰相だぞ!」
「そうだな、だが、ニャンゴ・エルメールの足を引っ張ろうとする者は不要なんだろう。空を飛び、一人で地竜を三頭も討伐する。そうさ、奴は英雄なんだよ」
セルドロは頭の良い男だけに、ニャンゴの価値を理解している。
理解した上で、宰相との繋がりを重視したのだが、それが失敗だっただけだ。
「認めん、私は認めんぞ! 劣等種が英雄などと認められるものか!」
「そうだよな、だから国王陛下が一緒でも、ちょっかい出そうと思ったんだろう? 国王陛下に更に認められ、自分と同じ伯爵になるのが怖ろしかったのだろう」
「うるさい、うるさい! 劣等種ごときが伯爵になどなるものか! この私が許さない!」
「だが、無駄だよ。俺は理解した、このナイフは俺に与えられたチャンスだ」
「なんだと……」
「このナイフで貴様を殺し、そして自害する……そうすれば、フロンデール家を取り潰さないでやるってことだよ!」
「馬鹿な……」
「後ろを見てみろ!」
「えっ?」
オーレリオが引っかかって振り返った瞬間、セルドロは椅子を足場にテーブルの上へと上がり、逆手に持ち替えたナイフを振り上げながら飛び降りた。
「ぐあぁぁぁぁ……やめろ!」
「死ね、死ね、フロンデール家存続のために死ねぇ!」
セルドロに押し倒され、首筋、胸、顔を滅多刺しにされて宰相オーレリオ・エルマリートは息絶えた。
オーレリオが完全に死んだことを確認した後、セルドロ・フロンデールはナイフで自らの心臓を貫いて自害した。





