襲撃の目標
美味しいお昼を食べて、デザートもうみゃうみゃして、後はお昼寝するだけ……と思っていたのだが、騎士団長に呼び出されてしまった。
いや、でも呼び出されて助かったのかもしれない。
食事の間も、デザートを堪能している間も、エルメリーヌ姫からピッタリと密着マークを受けていたのだ。
あのままだと、私も一緒にお昼寝します……なんて言い出しそうだった。
「エルメール卿、疲れているところを申し訳ない」
「いいえ、襲撃の件ですね?」
呼び出された会議室には、騎士団長の他に四人の師団長が顔を揃えていた。
「では、現状分かっている事を報告してくれ」
「では、私から……」
手を挙げたのは、西門で警備にあたっていたクリフ・ミュルドルス師団長だ。
「襲撃に使われたのは据え付け式の弩で、発射した者は現在捜索中です」
矢が放たれたのは空き家の屋根裏部屋の天窓からで、弩は線香を用いた時限式の発射装置を使って発射されていたらしい。
矢が発射された瞬間を目撃した者はおらず、発射場所の特定に時間が掛かってしまったそうだ。
ようやく怪しい空き家の屋根裏部屋に、放置されている弩を発見した時には、時限式発射装置の線香も燃え尽きていたそうだ。
「現在、空き家に出入りしていた不審な人物がいないか、周辺の聞き込みを行っています」
「それでは、襲撃犯は捕らえていないのだな?」
「はい、直接襲撃を行った者は捜索中ですが、陽動と思われる騒ぎを起こした者たちは捕らえました」
俺はファビアン殿下の指摘で気付いたが、あの騒ぎを起こした連中を捕らえているとは、さすが王国騎士団は優秀だ。
「陽動を行った者は何人だ?」
「捕らえたのは八人で、パラシオス伯爵領出身の反貴族派のようです」
「まだ反貴族派が潜伏していたのか」
「その辺りは調査中ですが、潜伏していたと言うよりも、行く場所も無く留まっていたと言った方が正しいようです」
王都で騒ぎを起こした反貴族派の多くは、スカウトされた若者たちだ。
様々な理由で、思うような仕事につけず、思うように稼げず、世の中に不満を抱いている若者だ。
識字率が低く、計算能力も無く、世の中の仕組みも良く分からず、不満ばかりを口にしている者たちばかりだ。
その境遇には同情するところもあるが、騙されている可能性すら考えず、思考停止に陥っている辺りは同情の余地は無い。
「連行する前に、聴取を行った者によると、反貴族派の者によって王都まで連れて来られたが、『巣立ちの儀』の襲撃が失敗に終わって以後、支援が打ち切られたそうです」
「なるほど、そこへつけ込んだ者がいるのだな?」
「はい、どこかの組織に属している男で、名前は一度も名乗った事が無いそうです」
「随分と用意周到な男のようだな」
「はい、何度か尾行しようと試みたそうですが、捕らえた連中は身分証を持っていないそうで、城門のところで追跡を諦めたそうです」
「つまり、陽動を指示した男は、王都民ということだな?」
「おそらく、そうなのでしょう」
八人を支援というよりも飼っていた男は、普段着でアジトを訪れていたらしい。
少なくとも月に一度程度の頻度で、八人が生活する金を持って来ていたそうで、その時にも普段着だったらしい。
まぁ、王都以外に暮らしている人が、わざわざ、そんな人間を支援する理由は考えられない。
実際、商会の馬車に対して当たり屋行為を働いたり、巡礼者の真似をして、特定の店に対する嫌がらせをやらされたりしていたようだ。
「その、嫌がらせをした相手を調べろ、そこと敵対する商会の人間かもしれないからな」
「分かりました。知っていることは全て吐かせます」
これから、その捕まった八人は厳しい取り調べを受けることになるのだろう。
俺の前世の日本のように、容疑者の人権なんてものは存在しないから、厳しい取り調べイコール拷問だ。
そして、積極的に捜査に協力したとしても、国王陛下襲撃に関与したとなれば極刑だろう。
温情を掛けてもらったとしても、処刑するのは本人だけで一族は助けるレベルだと思う。
騎士団長への報告を終えたクリフ師団長は、視線を俺の方へと向けた。
「エルメール卿、少しお伺いしても宜しいでしょうか?」
「はい、なんでしょう」
「押収された弩なんですが、かなり強力な物でした。ところが目撃した者は、矢は勢い無く飛んで途中で何かに当たって落ちたと言っているのですが……」
「あぁ、それは一枚目の柔らかい盾を突き破った時に勢いが削がれ、二枚目の盾に当たって落ちたからですね」
「柔らかい盾ですか?」
盾と言えば硬くて丈夫な物というのが常識だから、クリフ師団長が首を傾げるのも当然だろう。
「今回の遊覧飛行で一番怖いと思ったのが、以前『巣立ちの儀』の襲撃で使われた砲撃だったので、弾力性を持たせた盾で攻撃の勢いを削ごうと思ったのです」
実際に柔らかい盾を作って、騎士団長や師団長たちに触ってもらった。
「なるほど、これだと突き破るまでに矢の勢いが殺されるのですね」
「はい、なので二枚目の盾に当たった時には、もう殆ど勢いが無くなっていたようです」
二枚目の盾も平ではなくV字型に作ってあったので、もし勢い良く矢が飛んで来ても、軌道を逸らされて盾を壊すほどの衝撃は加えられなかっただろう。
「二段構えですか、さすがですね」
「キャビンもかなり丈夫に作っていたので、万が一、二枚目の盾まで破られても、陛下には届かなかったでしょう」
「さすが、不落の魔砲使いですね」
「陛下が、あれほど楽しまれていましたから、絶対に危険には晒せないと思っていました。それだけに、あの襲撃には腹が立ちました。騎士団長、犯人はどんな奴なのでしょう?」
「まだ目星は付かないが……」
そこまで言って、騎士団長は少し言葉を選ぶように考えこんだ。
「陽動に使われた者たちは、反貴族派に使われていた若者だが、今回の犯行は反貴族派とは無関係な気がする……と言うか、狙われたのは陛下ではないかもしれないと思っている」
「えっ、陛下を狙ったのではない?」
俺を含めて師団長たちも驚いた表情を見せていたが、次の瞬間、その場にいる全員の視線が俺に向けられた。
「えっ……俺が狙われたんですか?」
「あくまでも可能性だが、あり得ない話ではない」
「……ですが、あの状況で俺を狙うのは、陛下を狙うのと同じですよ」
「だから、一度だけ、しかも成功するとは思えない方法で狙ったのではないか?」
襲撃は、国王陛下を狙って行われたと思っていたし、自分が狙われたなどとは全く思っていなかったので頭が混乱している。
「エルメール卿は、王族の皆さんを乗せて飛ぶことに集中していたから気付かなかったのだろうが、見物に集まった貴族の中には、好意的とは思えない視線を向けている者もいた」
「俺が……猫人だからですか?」
「全く関係が無いとは言い切れないが、猫人でなくても一部の者からは、目障りだと思われているだろうな」
「平民あがりの俺が、急激に出世しているからでしょうか?」
「勿論、それもあるだろう、それに加えて、姫様との関係を羨んでいる者が多いのであろう」
確かに、俺と同世代の貴族の中には、エルメリーヌ姫との婚姻を望む者は多い。
名誉子爵の俺が姫様の相手になる可能性は低いが、昇爵していけば可能性は高まっていく。
昇爵させないためには、不祥事を起こさせれば良い。
遊覧飛行中の襲撃に驚いて醜態を晒せば、昇爵の話なんか吹っ飛んでしまうだろう。
「あくまでも可能性の話だが、今回の襲撃は陛下を狙ったものとしてはお粗末すぎる。むしろ、エルメール卿を貶めるためと考えた方がシックリ来る。なので、捜査は先入観を持たずに行ってくれ」
「はっ!」
師団長たちは立ち上がって騎士団長に敬礼し、それぞれの持ち場へと散っていったが、俺は椅子から立ち上がることも出来ず、考え込んでいた。
「怖ろしいかい、エルメール卿」
「正直、怖ろしいというよりも気味が悪いです。相手が分かっているならば、いくらでも手の打ちようがありますが、対処すべき相手が見えない時にはどうすれば良いのか……」
「だが、これが貴族同士の足の引っ張り合いというやつだ」
「俺は誰かの足を引っ張る気なんて……」
「それでも、相手は勝手にし掛けてくるものだ」
「そんなの、どうすれば……」
想定外の事態に俺が混乱していると、騎士団長はニンマリと笑ってみせた。
「悩む必要など無い、恐れる必要も無い、正攻法で真正面から叩き潰せば良いだけだ」
「はっ? そんな単純な方法では、相手の思う壺では?」
「エルメール卿、一国の王という存在を舐めるなよ。有象無象の悪評で眼を曇らせるほど、陛下は甘い人間ではないぞ」
「そうですね、失礼しました」
「それに、エルメール卿を狙って襲撃を行ったのだとしても、そいつらの企みは、陛下が顔色一つ変えずに遊覧飛行を楽しみ終えた時点で既に破れている」
「でも、俺は予定通りに警備をしただけで……」
「そうだ、つまりは、その程度の連中ということだ」
自分が狙われたかもしれない、それに国王陛下を巻き込んだかもしれないと思って混乱したが、現実には取るに足らない相手だったということだ。
「エルメール卿、裏で糸を引いている者が見つかったら知らせる。その時は、叩き潰す手助けをしてくれるか?」
「仕方ありませんね。俺の手など必要ないでしょうが、貸せと仰るのならば、喜んでお貸しいたしましょう」
どこの誰かは知らないけど、そいつは敵に回してはいけない人に喧嘩を売ったようだ。





