襲撃の現場
会合の後、現場を見に行くという騎士団長に同行して、弩が発射された建物へ向かった。
半年ほど前から空き家になっているという建物は、入り組んだ路地の奥に位置していた。
王都では、城壁からの視界を妨げないように、建物は城壁よりも低くする決まりがあり、この建物も屋根の高さは城壁よりも少し低い。
隣り合っている建物との間は、人が横になっても入れないほど狭く、どうやって建てたのか不思議に思えるほどだ。
内部は三階建てプラス屋根裏部屋で、路地に面した階段は明り取りの窓があるものの、一階、二階の部屋は窓があっても日の光が入らず、昼でも暗いと感じる状態だ。
屋根裏部屋は、三階の部屋から梯子を使って上る構造で、猫人の俺は大丈夫だが、普通の人種の成人だと、腰をかがめないと頭がつかえてしまう。
その屋根裏部屋の中央、開け放たれた天窓に向かって斜めに弩が据え付けられていた。
引き金には糸が結び付けられていて、滑車を経由して重りによって引かれる仕組みになっている。
その重りを保持していたであろう糸は、滑車を経由して、床に這わされ、その先には燃え尽きた線香があった。
「なるほど、この線香が燃えていくと糸が切れ、重りが落ちて引き金が引かれるという訳だな……」
大柄な騎士団長は、屋根裏部屋では膝をついた状態でも頭がつかえそうになっている。
「騎士団長……これは偽装じゃないですか?」
「偽装? なぜそう思うのだね?」
「その天窓から外を見ていたとしても、線香が燃える速度を計算して、飛行船に当てようとするなんて不可能に近い気がします」
天窓は南西の方向を向いているようで、ここから飛行船が飛んでくるのを前もって確認するには、窓から身を乗り出す必要がある。
だが、そんな行動をしていれば、城壁上にいる騎士や兵士に見つかってしまっていただろう。
「なるほど、確かにこの場所から飛んで来る陛下を確認するのは難しいな。その上、線香が燃える速度まで考えて仕掛けをセットするなど神業だな」
「ええ、なので、実際には人が居て、狙いを定めて発射して、あたかも仕掛けによって撃ったように見せかけたのではありませんか」
「だが、何のために、こんな手の込んだことをしたのだ?」
「予想よりも早く騎士や兵士がこの場を訪れて、身柄を確保されてしまった時の保険じゃないですか?」
「なるほど、犯人は仕掛けをしてとっくに逃げている。捕まった自分は関与していないと言い訳するためか……」
陽動のための騒ぎを起こした連中は、白を切り通せれば処刑されずに済むかもしれないが、こちらは仕掛けをしていなければ言い訳すら利かない状況だ。
たとえ本気で殺す気が無かったとしても、攻撃を仕掛けること事態が重罪だ。
それを敢行する人間ならば、この程度の保険はかけておいても不思議ではないだろう。
手の込んだ仕組みではあるが、犯人特定につながりそうな証拠にはなりそうもない。
「エルメール卿、他に気付いたことはあるかな?」
「そうですね……やはり今回の襲撃は王族の暗殺が目的ではなく、威嚇とか意思表示だったのでしょう」
「そう思う理由は?」
「その弩ですが、固定されていて自由に角度を変えられません。これでは正確な狙いを付けるのは難しいでしょう」
「なるほど……確かに、その通りだろうな。そもそも、本気で王族を狙うなら、弩一丁ということはないだろう。二段、三段、四段と畳み掛けるような攻撃が有るべきだろう」
陽動の騒ぎを起こしたのは反貴族派にスカウトされて地方から出て来た若者のようだが、襲撃を行った者は反貴族派ではないようだ。
やはり、俺を失脚させるための襲撃だったのだろうか。
「騎士団長、俺を陥れるためだとしても、陛下が一緒の時を狙うのはリスクが大きすぎる気がします」
「そうだな、バレれば即処刑ものだが……バレない自信があるのだろう」
「つまり、直接手を下した訳ではなく、何人もの人間を間に挟んで実行役を動かした?」
「エルメール卿、を貶める意図で行われたならば、黒幕は間違いなく貴族であろう」
実際、実行犯は捕まっていないし、姿すら確認されていない。
俺が一人で飛んでいる時ならば、すぐに戻って探索して捕まえられていたかもしれないが、そんなタラレバは言うだけ無駄だ。
「こちらから辿るのは難しそうですね」
「そうだな、この弩の出所は辿れるだろうが、実行犯に結び付けるのは難しいだろうな」
「となると、陽動をした八人が、どの程度まで支援していた男を記憶しているか……」
「まぁ、そちらは任せてもらおう。少なくとも、八人を直接支援していた人物は特定してみせる」
容疑者から必要なことを聞き出すことについては、騎士団は相当な自信を持っているようだ。
この点に関しては、捕まった八人に少し同情してしまう。
「そう言えば、騎士団長。当日、空を飛ぶコースとか高さは、どの程度の人間が知っていたのですか?」
「今回は情報を伏せて……」
そこまで言いかけて騎士団長は黙り込んだ。
表情が、みるみるうちに厳しくなっている。
「事前に情報が洩れているな……いや、複数の情報を組み合わせれば可能か……」
「騎士団長?」
「うーん……少し情報統制が甘い部分があったようだ」
弩の設置具合からみても、王族が空を飛んで来ることを知られていたのは間違いない。
「警備を行う騎士団では、王族の巡視を行うとして、警備の場所は一番外側の城壁の上だと通達を回していたが、空を飛ぶ情報は一部の者にしか知らせていない」
「えっ、まさか……」
「騎士団の一部の者から情報が流れた可能性があるが、その一方で、王家から貴族に対しては遊覧飛行を行うという知らせが出されていたらしい」
確かに、多くの貴族が見物に訪れていて、城の人たちが新たな席を設けるために右往左往していた。
騎士団の警備コースと遊覧飛行の情報を合わせれば、城壁の上空を通過するという結論には辿り着けてしまう。
「そうか……飛んで来ることは予想できたのか」
「そのようだ、我々としては情報を絞ったつもりだったが、王家から流れる情報まで考えが及ばなかった」
「でも、二つの情報を手に入れられる人間は限られるのでは?」
「それは……確かに、その通りだな」
もう一度、弩の近くまで行って天窓越しに城壁を眺めた。
「騎士団長、空を飛ぶ高さを知っていた人は、どのぐらいの人数いますか?」
「高さだと……なるほど……」
弩は、的確に俺が飛ぶ高さを狙って据え付けられている。
あの高さを飛ぶ標的を狙うには、相当な仰角を付けなければならない。
単に城壁上空を遊覧飛行するという情報だけならば、もっと低い位置を狙っていてもおかしくない。
「これは、簡単に角度を変えられるような作りにはなっていませんよね」
「その通りだ。これは、黒幕はかなり絞られてきたな……」
再び騎士団長は表情を引き締めたが、それは驚いているとか、危機感を覚えているというよりも、獲物を狙う狩人の表情だ。
「エルメール卿、他に何か気付いたことは無いか?」
「他ですか……特には……あっ、ここの画像を撮っておいても構いませんか」
「おぉ、例のアーティファクトだな。構わんぞ」
「では……」
スマホを使って弩と天窓、城壁の位置関係が分かるように、何枚か写真を撮影しておいた。
これを見返せば、何か思いつくかもしれない。
「他に思い付くことが無ければ騎士団に戻るが……」
もう一度屋根裏部屋の中を見回したが、特に思い付くことは無かった。
それよりも、騎士団長が早く戻りたがっているように感じるのは気のせいだろうか。
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