見習い騎士の活躍(前編)
※今回はオラシオ目線の話です。
王族警備の実習があるらしい……という噂をルベーロが持ち込んで来たのは、五日前のことだった。
いつもながら、何処で誰から聞き込んで来るのかは教えてくれないが、かなり確度の高い情報だと言っていた。
内容に関してはハッキリとは分からないと言っていたが、どうも王都を巡視する王族の警護になるらしいという話だった。
ルベーロが噂を聞き込んで来た二日後、本当に王族警護の実習が行われることになった。
僕ら騎士見習いは城壁の外、都外を担当する事になった。
「いいか、王族の方々は城壁の上を通って巡視をされる。お前たちの役目は、都外から危害を加えようとする者が居ないか監視し、武器や魔法で攻撃を企てる者の監視、捕縛を行う」
僕らが都外を担当するという事は、王族が巡視を行うのは、王都を囲む一番外側の城壁になるのだろう。
広い王都をぐるっと囲んでいる城壁なので、その総延長はかなりの距離になる。
歩いて回ると、僕らでも朝から夕方ぐらいまで掛かるので、王族の皆さんは乗り物で移動されるはずだ。
それだけの距離を、城壁の上、内側、外側と警護を行うのだから、聖騎士と兵士だけでは人数が足りないのだろう。
「それと、今回の巡視は安全上の理由から一般市民には知らされない。お前たちも警護に関する情報のみならず、巡視そのものの情報を洩らすことも禁ずる。いいな!」
王族の行動が、事前に市民に知らされるのは『巣立ちの儀』ぐらいのものだ。
その他の行動は、警備上の理由から一般に知らされることは無い。
今回、僕らの担当は王都西側になった。
警護の概要を聞き、担当場所を割り振られ、一日の実習を終えて自室に戻ると、この警護の噂を持ち帰って来たルベーロが首を捻っていた。
「どうかしたの? ルベーロ」
「何か、おかしくないか?」
「何が?」
「だって、視察のために城壁を巡るんだろ?」
「そう言ってたね」
「だったらさ、第二街区と第三街区を隔てる城壁の方が良くないか?」
「あっ! 確かにそうかも」
僕らは平民育ちだから、都外の風景を見てもそんなに驚かないけど、第二街区や第一街区と比べたら大きな違いがある。
と言うか、はっきり言って汚い。
建物は殆どがバラックだし、下水の整備もされていないから、汚いし臭い。
「でもさ、王族の皆さんが、都外の現状を見ようと思っているのかもよ」
「いや、それは無いと思うぞ。王族から見たら、下々の下々の、そのまた下々だからな」
「そうかなぁ、バルドゥーイン殿下なら、都外の人たちにも目を向けてくださると思うけどなぁ……」
「まぁ、バルドゥーイン殿下なら、あり得るかもしれないけど……それでも、俺たちが会えたのだって、異例中の異例なんだぞ」
僕らは『巣立ちの儀』の警備での活躍が認められて、王族の皆さんと食事を共にする機会を得られたが、僕ら以外の同期で王族と面識があるのは貴族の家に生まれた者だけだ。
僕らだって、ニャンゴとの繋がりが無かったら、あの慰労会にも呼ばれていなかったかもしれないし、呼ばれていても王族は同席していなかったと思う。
「それでも、王族のどなたかが、都外の現状にも目を向けてくださっていると思いたいよ」
「まぁ、そうだな。それに、都外を望む城壁の上を巡視なさるのは事実だからな」
「そうだよ、内側の壁を回ったら、都外の様子は見られないよ」
「そうだな、これはオラシオの考えの方が正解なのかもしれないな」
だが、僕とルベーロの考えは、どちらも正しく、どちらも間違いだった。
そもそも、僕らは王族の皆さんが、城壁の上を馬車などで巡回するものだと思っていたのだが、当日の朝になって上は上でも、空の上を回るのだと聞かされたのだ。
「エルメール卿が王族の皆様を乗せて飛ぶらしい」
話を聞いたルベーロは、心底羨ましそうだった。
「羨ましいに決まってるじゃないか、オラシオだって飛んでみたいと思うだろう?」
「うーん……僕は、いいかなぁ……」
「なんで? 空と飛ぶなんて一生経験できないぞ」
「でも、高いところは怖いよ」
僕らは騎士候補生の訓練の一環で、大聖堂の塔に登らせてもらったことがあるのだが、あまりの高さに足がすくんで、動けなくなってしまったのだ。
「あぁ、オラシオは高い所が苦手だものな」
「俺は飛んでみたいぞ」
「えぇぇ……ザカリアスも飛んでみたいの?」
「そりゃそうだろう。鳥みたいな気分になれるんだぜ」
「もしかして、トーレも?」
「勿論……」
どうやら僕以外のみんなは空を飛びたいらしい。
でも、この話はニャンゴの耳には入れないようにしよう。
ニャンゴは優しいから、じゃあ一緒に飛んでみようか……なんて言い出しかねないからね。
警護を行う当日、僕らは革鎧を身に付けたフル装備で都外の担当地域へ出向いた。
王族の巡視の話を聞いていない都外の住民は、僕らの物々しい姿に警戒心を露わにした。
「警備のための配置だから、取り締まりとかじゃないよ」
ルベーロが気さくに話し掛けたおかげで住民たちは警戒を解いたが、こんどは何の警備なのかと興味を持ち始めたようだった。
「警備の内容は話せないけど、普段通りにしてもらって大丈夫。むしろ、普段と違う怪しい奴がいたら教えて」
僕らもルベーロを見習って、たどたどしいけど話し掛けて、変な奴を見ていないか聞いて回った。
騒ぎが起こったのは、僕らがいつもの調子を取り戻し始めた頃だった。
「なんだ、手前ぇ!」
「うるせぇぞ、この野郎……」
「ふざけんなよ、こいつ」
「お前が悪いんだろう!」
七、八人の若者が、取っ組み合いの喧嘩を始めていた。
「ルベーロ、どうするの?」
「とりあえず、割って入って騒ぎを止めよう」
ルベーロの指示で僕が仲裁に入ろうとしたら、ザカリアスが待ったを掛けた。
「いいや、駄目だ。一人でも多く捕まえるぞ、ルベーロ、笛を吹いて応援を集めろ」
「どうして?」
「理由は後で説明するから、急げ! オラシオ、トーレ、回り込んでくれ!」
理由は分からないけど、ザカリアスには確信があるみたいだ。
頷き合った僕とトーレは、バラックを迂回して騒ぎを起こしている一団の向こう側へ回り込む。
僕らが回り込んでいる途中で、ルベーロが呼び子笛を吹き鳴らしたのが聞こえた。
一団を挟み込む位置に辿り着くと、揉めていた連中はルベーロの方を眺めて、何やら囁き合っていた。
「もういい……逃げよう」
「……行こう」
断片的に聞こえてきた言葉は、ザカリアスの勘が正しかったことを物語っていた。
「止まれ! 全員その場を動くな!」
両手を広げて立ち塞がった僕とトーレをみて、騒ぎを起こした一団は、互いに目線を交わし合った。
「その場にしゃがめ! 逆らうなら叩き斬る!」
ザカリアスが見せつけるように剣を抜き、一度真上に掲げてから、正眼の位置まで振り下ろした。
ボッと空気を切り裂く素振りの音に、騒ぎを起こした一団は目を見開いて固まった。
ザカリアスは武闘派だが、市民に対して、ここまで好戦的な視線を見せるのは珍しい。
「しゃがめ! 逃げようなんて思うなよ!」
「抵抗しなければ、手荒な真似はしないから安心しろ!」
剣を抜いた騎士見習いには敵わないと観念したのは、一人、また一人と、騒ぎを起こした一団はその場にしゃがみ込み始めた。
「馬鹿、立て! 捕まったら死刑だぞ!」
「ほう、死刑になるような事をやらかしてるのか? ゆっくり話してもらおうじゃねぇか」
「くそっ……」
喚き散らした男が、近くに居た子供を人質にしようとしたが、先読みして接近したトーレに前蹴りを叩き込まれて転がった。
「ぐはっ……うっ」
ゴロゴロと転がって、仰向けに倒れたところに、ザカリアスが剣を突き付けた。
「今すぐ死にたいと思うなら試してみろ。それが嫌なら大人しくしてろ」
「……分かった」
駆け付けた応援の手を借りて、僕らは八人の若い男性を捕縛した。





