遊覧飛行(後編)
飛行船は、王城の前庭の狙った場所へ殆ど衝撃も無くランディングを決めた。
我ながら見事な腕前だと、自画自賛したくなる。
「御疲れ様でした、陛下」
「いやいや、ワシは何一つ疲れてなどおらぬぞ。エルメール卿のおかげで夢のような時間が過ごせた。また、共に空を飛ぶ日を楽しみにしておるぞ」
「はい、機会がございましたら、空への案内を務めさせていただきます」
「うむ、頼むぞ」
あぁ、この様子だと遠からず、また遊覧飛行の依頼が来そうだにゃぁ。
飛行には何一つ影響を及ぼさなかったが、矢が射掛けられるという事態が起こったので、この後の遊覧飛行は中止になるものだと思っていたのだが……。
「我の飛行中に矢を射掛けた不心得者が居た」
飛行船を降りた国王陛下は、順番を待っていた王子たちに歩み寄ると、襲撃の話を切り出した。
「むろん、エルメール卿の防御によって、矢は我には届かなかった。だが、この後も飛行を続けたならば、更に激しい攻撃を受けるかもしれぬ。逆に、もう襲撃は無いかもしれぬ……」
言葉を切った国王陛下は、居並ぶ王子たちを無言で眺めた後、再び言葉を紡いだ。
「遊覧飛行は予定通りに実施する。ただし、乗るか乗らぬかは、各々の判断に任せる。王族は、かくあるべしと思う行動を、自ら考えて実行せよ」
これは結構意地の悪い設定のような気がする。
特に次の王位を争う三人にとっては、どちらも正解に感じられる。
「さて、バルドゥーイン、そなたはどうする?」
「勿論、乗りますよ。一度王都を空から見てみたいと思っておりましたから」
「クリスティアンはどうする?」
「私は……」
第三王子のクリスティアン殿下は、遠目で見ても顔色が悪く、小さく震えているようにも見える。
事前に聞いた話では、クリスティアン殿下は良く言うと保守的、悪く言うなら臆病な性格らしい。
今回の遊覧飛行もあまり乗り気ではないと聞いている。
そこに襲撃の話が加わったのだから、顔色が悪くなるのも当然だろう。
「わ、私は……次期国王として、危険に身を晒すべきではないと考え、今回の飛行は辞退いたします」
クリスティアン殿下は胸を張って答えたが、声の震えは隠しきれていなかった。
「では、私が兄上と共に乗りましょう」
クリスティアン殿下の代わりに乗ると言い出したのは、バルドゥーイン殿下と同じ母を持つディオニージ殿下だった。
「いいや、予定通りの乗船順で行う。ディオニージは後にせよ」
国王陛下にノーと言われてしまえば従うしかない。
「エデュアールはどうする?」
「私も乗ります。矢が一本飛んできた程度で恐れをなしていては、国王が務まるとは思えません」
クリスティアン殿下に向かって笑いかけたエデュアール殿下の表情には、ハッキリと侮蔑の意思が見て取れた。
「ではニャンゴ、よろしく頼むぞ」
「お任せください!」
乗らないという決断を下したクリスティアン殿下は、バルドゥーイン殿下と俺が飛行船の方向へと歩を進めている間にも葛藤しているように見えた。
「殿下、クリスティアン殿下を待たなくてよろしいのですか?」
「構わん、予定通りに飛行準備を始めてくれ」
バルドゥーイン殿下は、クリスティアン殿下を切り捨てるというよりも、早く飛びたくて待ちきれないという感じだ。
結局、クリスティアン殿下は決断を変えることはなかった。
「おぉ、絶景だな、ニャンゴ」
「はい、今日は雨上がりで空気も澄んでいますから、遠くまで見渡せますよ」
「そうか……なるほど、これが王都を空から見る光景か……」
「いかがですか?」
「そうだな、ますますニャンゴを手元に置きたくなった」
「にゃっ、それは……光栄ではありますが……」
「分かっている。だが、王都を警備するという意味で、これほど有用な手立ては他に無いだろう」
「まぁ、そうですね。街の様子も見えますし、死角になる場所も良く分かりますからね」
バルドゥーイン殿下は、騎士団の敷地を飛ぶ北のエリアを除いて、じっくりと王都の街並みを眺め続けていた。
続けて、ディオニージ殿下とエデュアール殿下を乗せことになったのだが、その前に国王陛下に手招きをされ耳元で要望を囁かれた。
「ニャンゴ、空の上での二人の会話をワシだけに聞かせることは可能か?」
「それは可能ですが……」
「では、頼む」
国王陛下の要望に応えて、片耳のヘッドホンを作って手渡し、空での二人の会話を中継した。
その二人だが……。
「エデュアール、私と席を代われ、こちらでは王都の街並みが良く見えぬ」
「見たところで何の役にも立たないのだから、大人しく座っていろ」
「なんだと、貴様が見たところで役に立たないのは変わらないだろう」
「馬鹿め、自分で自分を役立たずだと認めているのにも気付かない貴様などと一緒にするな」
「貴様……」
「お二人とも、折角なので景色を楽しまれたら……」
「うるさい、口を挟むな」
「王族に意見とは、偉くなったものだな」
「失礼いたしました」
結局二人は、殆ど空からの景色などそっちのけで口喧嘩を続けていた。
これを中継で聞かされている国王陛下は、頭を抱えていらっしゃるだろうなぁ。
三回目の遊覧飛行を終えたところで、時刻は正午を過ぎていたが、そのまま四回目の遊覧飛行を行った。
理由は、俺に昼飯を食わせると眠気に負けそうになるかららしい。
確かにそうだけど、猫人の体はそういう風に出来ているけど、解せぬ。
四回目の遊覧飛行の乗客は、ファビアン殿下とエルメリーヌ姫だ。
「ニャンゴ様、兄上と席を代わってくださいませ」
「いやいや、無理ですから、そっちからじゃ操縦できませんから……」
「では、私の膝の上に座るというのはいかがです?」
「いやいや、自分用の大きさで座席を作ってあるから無理です」
「まったく、ニャンゴ様は頑固ですね」
俺から見たら姫様の方が遥かに頑固なんですけどね。
お二人を乗せた遊覧飛行は、先程とは打って変わって和気藹々のノンビリモードです。
わぁ……とか、おぉ……とか、やっぱり始めて飛ぶ空はこうあるべきだよね。
「ニャンゴ様、この飛行船で色々な場所に行ってみたいです」
「それは楽しそうだな、私も加えてくれ」
「兄上は、もう少し空気を読まれた方がよろしいですよ」
「そうか、私は邪魔者か……せっかくニャンゴが食いつきそうな飛行プランを考えたのだが……」
「なんですか、兄上。そういう話は早く申してください。私が兄上の代わりを務めますから」
「いやぁ、それだと私が乗れなくなってしまうからね」
「兄上は意地悪です」
いや、意地悪なのは姫様の方では……なんて、間違っても口にしないよ。
遊覧飛行が半分ほど経過した時に、ファビアン殿下がさりげなく聞いてきた。
「ニャンゴ、襲撃があったのは、どのあたりなんだい?」
「もう少し先、王都の南西の辺りです。最初に都外で小競り合いがあって、その後で、第三街区から矢が射掛けられました」
「ほう、だとしたら、都外で騒いでいた連中は陽動役だろうね」
「えっ……あぁ、確かに」
言われてみれば、城壁を挟んで反対側で騒ぎが起きていれば、そちらに注意が集中して第三街区側への注意が散漫になっても仕方ない。
結果的に襲撃は失敗だったけど、注意力を削ぐという意味では成功だった。
結局、矢が射られたのは一回だけで、遊覧飛行は予定通りに完了した。
さぁ、お昼ご飯の時間だし、これで食後のデザートも、心行くまでうみゃうみゃ出来るのだ。





