崩落の容疑
俺達での尋問を諦めてテオドロを引き渡すために、ライオスと一緒、官憲の事務所を訪れた。
手配書の人相書きと採取した血を使って魔力パターンを照合すれば、テオドロである証明は終了。
チャリオットには、報奨金が振り込まれる事となった。
「こいつは手配書にもある通りイブーロの裏組織に属していた。そいつらは旧王都で反貴族派の連中と繋がりを持っていたらしい」
「では、反貴族派の情報を持っているかもしれないのですね?」
「うちで締め上げた時には何も話さなかったが、あとは本職に任せるよ」
「分かりました、ご協力に感謝します」
ライオスと官憲の担当者が話を進めている間、テオドロは猿轡の間から何かを伝えようとしていたが聞き取れなかった。
たぶん、これ以上の情報は知らないとか、もう尋問は止めてくれとか言うつもりだろうが、官憲が手を抜いてくれるとは思えない。
テオドロの引き渡し手続きが終わったところで、おもむろに官憲の担当者が切り出した。
「実は、先日のダンジョンの崩落ですが、我々の調べで反貴族派が関係している疑いが濃厚となりました」
「ほぅ、何の目的でアースドラゴンに手を出したんだ?」
「素材を売り捌いて活動資金にするつもりだったのか、それとも最初から破壊工作が目的だったのかは分かりませんが、いずれにしても奴らが粉砕の魔道具を使用したことでダンジョンの崩落を招いたことは間違いないようです」
官憲の係官の話では、大公家の騎士団とも連携して反貴族派の摘発を強力に推し進めているらしい。
住民の身元確認も進める方針だったそうだが、そちらは一旦棚上げして、反貴族派の摘発を最優先で進めるそうだ。
「こいつは重要な情報を握っていそうですから、キッチリ締め上げてやります。どの道、処刑は免れないのですから、早く楽にしてくれと思わせてやりますよ」
「むぐぅ、もがぁぁぁ……」
何を言っているか分からない悲痛な叫びを残して、テオドロは引き摺られていった。
「さて、帰って飯にするか?」
「でも、テオドロを捕まえたせいで買い物が出来なかったよ」
魚介たっぷりの鍋を作ろうと思っていたのに、テオドロと遭遇したので魚屋に行けなかった。
まぁ、報奨金も振り込まれるので、今夜は外食にしよう。
拠点に戻り、チャリオット全員で夕食を食べに出掛けた。
肉と魚で意見が分かれて、結局どちらも食べれる居酒屋に落ち着いた。
居酒屋で料理を待つ間、他の席の話にも耳を傾けていたのだが、聞こえてくる話の多くが反貴族派に関するものだった。
「絶対に許さない、何が反貴族だ」
「自分らの金のためにダンジョンを崩落させたんだろう?」
「あいつらのせいで何人友人を亡くしたと思ってんだ」
ダンジョンの崩落によって地上でも陥没が発生して、多くの家が飲み込まれた。
崩落前に命からがら逃げだした人や、落下寸前に助けられた人はいるが、崩落に巻き込まれた後に助かったという話は聞かない。
崩落したダンジョンの区画は、建物にすると十一階分にあたる。
しかも駐車場として使われていた区画などもあって、通常の建物よりも高さがあったはずだ。
地上での陥没も建物十一階分の深さになり、その高さを落下したら普通の人では助かりようが無い。
しかも壊れた建物や土砂の下敷きになるのだから、生存者がいないのは当然の話だ。
現在までに巻き込まれた街並みは、八区画にまで及んでいるそうだ。
勿論、後から崩落した箇所は避難が済んでいたので人的な被害は出ていないが、それでも二百人を超える行方不明者が出ているそうだ。
それだけの被害を出したのだから、反貴族派に対して良い感情を持っている人はいないようだ。
「そうだ、ライオス。俺、里帰りしてきたいんだけど、いいかな?」
「アツーカ村までか? 行ってもトンボ返りになるんじゃないか?」
「いや、飛ばせば一日で着けると思うし、ゆっくりする時間も取れると思う」
「天候が悪くなってもか?」
「うっ、それは……」
たとえ雪が降っていたとしても飛べるとは思うが、視界が悪いと方向を見失ってしまう恐れがある。
晴天ならば一日で行ける距離でも、大雨、大雪なんて状況では足止めを食らう可能性はある。
「まぁ、ダンジョンへの立ち入りの再開も不透明な状況だから、少々休みが長引いたところで発掘への影響は無いと思うが、学院の方は大丈夫なのか?」
「うん、一応あっちは時間が許せば……みたいな感じで言われてるから大丈夫」
「そうか、ならば余裕を持って行動してくれ。ニャンゴにいなくなられたら大変だからな」
「分かった。ゆっくりするのは春にとっておいて、とりあえず顔見せに行ってくるよ」
「フォークスはどうするんだ?」
ライオスが話を振ると、兄貴はガドの膝の上でブルブルと首を振った。
「俺はいい……こっちに残る」
「兄貴、行かなくてもいいのか?」
「いい、行かない」
たぶん、兄貴は飛んで帰るのが怖いのだろう。
冬晴れの空を飛ぶのは気持ち良いと思うのだが、まぁ無理強いする事でもないか。
「レイラはどうするんだ?」
「あたし? 寒いから残るわ」
「そうか、じゃあニャンゴは身軽に動けるんだな?」
「なぁに、ライオス……それじゃ、あたしが重たいみたいじゃないのよ」
「い、いや、そういう意味じゃないぞ……」
勿論、そんなつもりで言った訳ではないのだろうが、レイラにやり込められているライオスを見るのはちょっと面白い。
「そういえばレイラ、よくあの一瞬でテオドロだって気付いたよね」
「あぁ、あれね……街を歩いている時は、テオドロとジントンを見掛けないか気を配ってたからね」
「そうなんだ」
「だって、見つけたらお金になるし、何より捕まえるのは楽しいでしょ?」
レイラはニコっと微笑んでみせたが、その笑顔の裏に捕食者の顔が透けて見えたのは気のせいではないと思う。
「テオドロは、ふてくされて席を外す時に頭を振るクセがあるの。あの時も、私達にぶつかりそうになって、ちょっと腹を立てたけど、手配されているから表通りで揉めて人目を集めたくない。腹は立つけど引いてやる……みたいな気分だったんでしょうね、頭を振るクセが出て、それを見てテオドロかもしれないと思って鎌をかけたのよ」
ぶつかりそうになった一瞬で、そんな事まで考えていたとは驚きだ。
テオドロだと見抜いた経緯を説明したレイラに、セルージョが質問した。
「それで、テオドロじゃなかったらどうするつもりだったんだ?」
「別に……人違いなんて、よくある話でしょ」
「それもそうか」
「それに、人違いだったとしても、大して強くなさそうだし、絡んで来るなら返り討ちにしてただけね」
「うわっ、暇つぶしのオモチャはニャンゴだけにしとけよ」
「名誉騎士様をオモチャなんて、とんでもないわよ……ねぇ、ニャンゴ」
ダンジョン探索に旧王都まで来たけれど、魔物と戦うような場面も殆ど無くて、レイラは退屈してたりするのだろうか。
だとしたら、俺の里帰りに付いて来そうなものだけど……。
「お待たせしました、ウズラの塩焼き、ウヒョの刺身、オークと野菜の炒め物になります」
注文した品物が次々にテーブルに並べられて、食事というよりも飲み会が始まる。
「ねぇちゃん、エールお替りだ」
「こっちも頼む」
「ワシもだ」
セルージョ、ライオス、ガドの三人は、料理が来る前に一杯飲み終えてしまったようだ。
「レイラはいいの?」
「あたしは二杯目は別のお酒にするわ。それより、お刺身来たわよ、はい、あーん……」
「あーん……うみゃ、プリプリで白身だけど味わい濃厚で、うみゃ!」
ウヒョはカレイかヒラメの仲間のような平べったい魚で、水槽の底にいるのを見て兄貴が頼んだのだ。
「これ、うみゃいな、ニャンゴ」
「うん、これは正解だ」
兄貴はウヒョの刺身を肴にして、米の酒をチビリチビリと舐めるように飲んでいる。
何だか、おっさん臭く見えるけど、本人が楽しんでいるのだから良しとしよう。
一方、ガドの隣に座ったシューレの膝の上で、ミリアムは浮かない顔をしている。
「どうしたの、ミリアム。調子でも悪いの?」
「別に……調子は悪くないわよ」
体調は悪くないのかもしれないが、機嫌は悪そうだ。
そのミリアムを抱えているシューレが、ウズラの塩焼きに手を伸ばすと、ぐいっとミリアムの鼻先に突き付けた。
「えっ?」
「食べなさい。あの程度の拷問を見ただけで食べられないようじゃ冒険者なんて続けられない……」
どうやらミリアムは、テオドロの爪の間に無表情で楔を突っ込んでいたシューレにショックを受けたようだ。
そういえば、兄貴もイカ耳になっていたけど、意外と普通に飲み食いしているのは、貧民街で暮らしていた経験のおかげなのだろうか。
じっとウズラの塩焼きに見入っていたミリアムだが、意を決したようにガブリとかぶりついた。
ふっと笑みを浮かべたシューレは、自分の分の塩焼きを取って口に運ぶ。
うん、ウズラの塩焼きもうみゃそうだ。





