審判の日(オラシオ)
※今回は、オラシオ目線の話になります。
新年まで残り五日となったこの日、一年間の訓練終了の式典が行われ、訓練生は全員講堂に集められて騎士団長の訓示を受ける。
訓示といっても、今日で訓練は終了し年明けの訓練は五日からという例年通りの日程と、休暇期間中の注意事項が伝えられるだけだ。
そして、殆どの訓練生は騎士団長の話を半分も聞いていない。
理由は、この式典の後に下される審判の結果が気になっているからだ。
式典が終わった後、下級生から順番に寮へと戻る。
寮の自分達の部屋へ戻り、そこに名札が残っている者は次の年次へと進めるが、名札の無かった者は訓練所を退所することになる。
そのため訓練生は全員、式典の前日までに荷物をまとめて退所できる支度を整える。
退所しなくても、欠員の多い部屋から別の部屋へと移る場合もあるからだ。
この時期に審判を下すのは、退所となった者が次の職を探しやすいからだ。
シュレンドル王国では、数えで十五歳になると働きに出る。
年明けの時期は一年で最も求人の増える時期でもあり、新しい職を見つけやすい。
それに、王国騎士になるという希望は絶たれるが、出身地に戻れば領地の騎士になるという道が残されているし、騎士にはなれないが兵士になるという選択肢もある。
領地の騎士や兵士には貴族の身分は与えられないが、それでも一般市民からは一目置かれる存在だし、ずば抜けた活躍をすれば名誉騎士になるという道も残されている。
ただし、ニャンゴ・エルメールという実例はあるけれど、名誉騎士になれる望みはとても少ないから、みんな何としても残りたいと思っている。
次の年次へ進めるかどうかは、主に日頃の訓練での成績や態度などから判定されるそうだが、年末の学科試験や体力測定、魔法や武術の実技判定なども加味されるようだ。
日頃の成績は悪くとも、図抜けた成果を残せば首の皮一枚で残れる場合もあるらしいが、僕には無縁な話だ。
「次、三回生退席!」
「はっ! 一年間、お世話になりました!」
騎士団長や教官に頭を下げ、足並みを揃えて講堂を出る。
王都に来てから三度目の審判だけど、毎年心臓が痛くなるほどドキドキする。
しかも、三回生の審判は一回生、二回生の時よりも厳しくなるらしい。
それは、三年目までは体作りを重視した訓練が行われるけど、四年目からは実戦に即した訓練が増えるからだ。
『巣立ちの儀』から三年ほどは、魔力も体力も一番成長する時期だそうで、一年目、二年目は成長度合いが低くても、三年目で一気に伸びる者もいる。
そうした成長度合いを見守るためにも、三年目までは猶予が与えられているらしい。
この三年間、僕らなりに成長してきたつもりだけど、何をもって合格とするのか基準は知らされていないから不安だ。
寮で同室のザカリアスは、同期の中ではトップクラスの武術の腕前を誇っているから残るだろう。
トーレは、同期で一、二を争う俊足だし、ルベーロの情報収集能力は教官も一目置くほどだから退所になるとは思えない。
それに比べて僕は、魔法の威力こそ平均よりは上だけど、その他は平均かそれ以下だ。
四人の中で誰か一人を落とすとなったら、間違いなく僕だろう。
寮が近くなるほどに足が震えて、呼吸が苦しくなってくる。
「大丈夫だ。オラシオが落ちるようなら俺らも全員落ちてるから」
そう言って僕の肩を叩いたのはザカリアスだ。
「そんな……僕にはザカリアスたちのように飛び抜けたものが何も無いんだよ」
さっきまで考えていた同室のみんなとの違いについて話すと、ザカリアスに鼻で笑われた。
「何言ってんだ、オラシオにだってあるだろう」
「えっ、僕に取り柄なんて……」
「あるさ、折れない心と伸び代だ」
握り拳を僕の胸に押し当てたザカリアスの横で、トーレとルベーロが頷いている。
「入所した頃、何をやらせても殆ど最下位で、ここまで残るなんて思わなかったぞ」
「そうそう、ザカリアスの言う通り。俺もオラシオは一年目で落されると思ってた」
ルベーロの言葉には、トーレだけでなく僕も頷いてしまった。
それほど入所直後の僕の成績は酷かった。
「その最下位争いをしていたオラシオが、今や平均より上まで来てる。他の連中だって努力を重ねている中で、オラシオみたいに順位を上げてる奴なんかいないんだぞ」
「えっ、そうなの?」
「よく考えてみろ、自分より成績が悪かった同期に抜かれても良いなんて考えている奴なんか、ここには一人もいないぞ。他の奴には負けたくないって思っている連中の中で、一番成績を伸ばしてきたのがオラシオだ。どんなに成績が悪くても折れずに、地道な努力を重ねて這いあがる。オラシオのような奴こそが王国の騎士になるべきだ。同室の贔屓目を抜きにしても、俺が教官だったら絶対に残すぞ」
真面目な表情のザカリアスが断言し、ルベーロやトーレが頷いてくれたおかげで、足の震えが収まった。
前を歩いていた同期の訓練生は、皆同じように玄関の前で足を止めて寮を仰ぎ見ている。
こうして戻ってくるのは、これが最後になるかもしれないからだ。
僕ら四人も玄関前で足を止めて寮を仰ぎ見た。
「いくぞ、俺たちは明日も明後日も、必ずここに帰ってくる!」
ザカリアスの言葉に頷いて寮の玄関をくぐった。
見慣れた廊下を進んで行くと、廊下の先から悲痛な声が聞こえてきた。
「ちくしょう! なんで俺だけ……」
寮まで戻ってくる間に固めた決意が揺らぐ。
いいや、たとえ僕の名札が無くても泣くのは止めよう。
みんなが残ったことを喜んで、胸を張って寮を出るんだ。
僕らの部屋が近付くと、自然と足が速まった。
名札を目にしたザカリアスが歓喜の声を上げた。
「あったぞ! 四人全員だ!」
「うもぉ! あった、僕の名札もある!」
「やったぜ、来年も四人揃って頑張れる……」
「良かった……本当に良かった……」
喜びの涙が溢れてくる。
ルベーロもトーレも涙で顔をグシャグシャにしていた。
「ちっ、いいよなぁ……エルメール卿の腰巾着どもはよぉ!」
僕らの喜びに冷や水を浴びせるように、刺々しい言葉が廊下に響いた。
声の主ウラードは、名札が無かった同期の訓練生だ。
「おかしいだろう、ルベーロの魔力指数なんか俺の半分もいかないんだぞ。エルメール卿に取り入って優遇してもらったんだろう」
「おい、止めとけ」
同室の訓練生が制止しても、ウラードは声を荒げ続けた。
「トーレだって足が速いだけだし、ザカリアスだって学科は赤点連発じゃないか。オラシオに頼んで、エルメール卿に口利いてもらったんだろう!」
ウラードの言葉に釣られて、退所が決まった他の訓練生も歩み寄ってきた。
「汚ぇな……そんな汚い手を使う手前らには騎士になる資格はねぇ!」
「何だと、この野郎……」
「ザカリアス、駄目!」
殴りかかりそうなザカリアスを後ろから羽交い絞めにして止める。
「放せ、オラシオ!」
「駄目だよ、ザカリアス。僕らは騎士になるんだ、罵倒されても暴力を振るっちゃ駄目だ」
王国騎士になれば、時には民衆から理解を得られず心無い言葉を投げつけられる場合もある。
だが騎士にとって民衆は守るべきものであり、暴徒になるまでは決して武力を用いてはならないと、訓練所に入った初日に教えられる。
彼らは訓練生だけど守るべき民衆であり、僕らは騎士見習いなのだ。
「ウラード、僕がニャンゴ・エルメール卿の幼馴染だから誤解させてしまったみたいだけど、女神ファティマ様に誓って僕らは不正は行っていない。それに、僕らの不正を疑うことは、王国騎士団やエルメール卿を貶めることだけど、いいの?」
「それは……」
退所が決まってしまっても、王国騎士団やニャンゴが憧れの存在であることに変わりは無い。
自分達のあこがれを自分達で貶めるなんてできるはずがない。
「なんで僕らが残って、どうしてウラードが退所しなきゃいけないのか分からないけど、僕らはウラード達の思いも背負って騎士を目指す。ニャンゴのように弱い人たちを守って、困っている人を助けられる騎士になるよ」
今の僕の偽らざる気持ちを伝えると、ウラードはくしゃっと顔を歪ませて右手で目元を覆った。
「頼んだからな……俺の想い、託すからな……」
「うん、頑張るよ」
ウラードは、同室の訓練生に肩を抱かれながら自分の部屋へと戻り、荷物をまとめてその日のうちに寮から出て行った。
そして、僕らは……。
「オラシオ……頼む」
「分かった……全力!」
「裏切り者ぉ!」
休暇期間に入ってからも、自主トレーニングを続けている。
朝のランニングを終えたら朝食、休憩後は武術の組み手、昼食後は魔法の練習、夜は学科の復習。
ザカリアスは挫けない僕の性格こそが騎士に向いていると言うけれど、みんなが一緒だったから挫けずにこられた。
これからは、ウラード達の思いも背負って騎士を目指して走り続ける。





