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初キス……だよね?

尾谷外に連れてこられた別荘は、なんていうかこう、金持ちだなって印象を受ける所だった。

だってほら、無駄に豪華な装飾のあるドアとか。

大きな花瓶とそれに見合うように生けられた花がある玄関とか。

高い天井からは、煌めくシャンデリアが吊る下がっている。


中に入る前に外からチラと見えたけれど、プールもあるみたい。

はは、金持ちは違いますね。


「プールだけじゃなく温泉もあるぞ」

「……凄いですね」


なんかもう、こいつは本当に金持ちなんだなって実感。

だってほら。

尾谷外がいくら金持ちだといわれていても実際に家は見た事がないし。

いやゲームでは見た事があるんだけどね。

この別荘も存在は知っていた。


けれどここはゲームには登場しているとは言い難い、確か尾谷外のエンディング後に出ただけだ。

2人で楽しく旅行に行きました。って感じで。

思い返せば、その場面で「後で一緒に風呂に入ろう、ここのは温泉なんだぜ」みたいなセリフを言っていた気がする。


中々内容も覚えていないものだ。

結構やりこんだと思ったけど、記憶から抜けている。

あんまり好きじゃなかったからかもな。


もっとこう好きなキャラクターなら覚えているはずだ。

音波先生とか。

小山内ちゃんさえいなければ私が攻略したいくらい……。


「何ですか?」


尾谷外が私を抱きしめている。

後ろから。

ちょっと意味わかんない。

仮にも男性恐怖症で通っているこの私を抱きしめるとは、何たることか。


「俺に逆らうとどうなるか、わかってんだろ?」


まあ嫌だ。

これだからボンボンは。

と思いつつ抵抗はしない私。

大丈夫だ。

気をしっかり持つんだ。

だって尾谷外の家に逆らうのはガチで危険なんだもん。

でも受け入れてはいないですよ感を出すために私は棒立ち。

多少気分は悪くなってきた気はするが、きっと気のせいだ。

なんてったって、相手は尾谷外。


私の家は普通の一般家庭なんだから尾谷外がどんなに変な事をしても逆らおうなんて思わない。

どんなに、っていうのは言い過ぎかもしれないけど。

犯罪を要求されたら私だって断るだろう。


「おい」

「はい。…………えっ?」

「色気のねぇ声だな」


尾谷外が呼ぶから顔をあげた。

それで唇に何か生暖かい物がふれた。

え、ちょっと何が起きた。

困惑している私を後目に尾谷外は気味悪く、偏見かもしれない、笑っている。


も、もしかして。


状況が飲めない。

いや頭ではわかってる。

だからか、物凄く気分が悪くなってきた。


「……、おい平気か?顔色最悪だぞ」


お前のせいだ……。

完全に許容範囲外の事をしやがって、と思うが文句を言う気力もなく、私は口を押える。

胃から酸っぱい物がこみあげて来る。

不味い。

吐いてしまう。


しかしここは尾谷外の別荘。

高そうな物がごろごろしている。

ここで吐けば、弁償とかが恐ろしい事になりそうだ。


明らかに具合が悪くなった私を心配しだした尾谷外を放って、私は必死の思いで外に出る。


吐くなら、せめて外だ!

その思いしかなかった。



「おぇええええ、うぇっ、ごほっ……おぇええ」


高そうなドアを開いて、私は堪えきれずリバースした。

大丈夫だ。

いくら高そうは敷石があるとはいえ、きっと水で流せば綺麗になる、はず。

そもそも私が吐く原因を作ったのは尾谷外なんだから悪いのはアイツに違いない。

幼馴染である原黒は私が男性恐怖症であることはかなり色々な人間に吹き込んでいたのだから、アイツだって知ってたっておかしくない。

というか知っているべきだ。


だからゲロで汚した事も許してください。

そんなことを考えているせいか、それとも尾谷外とのキスに原因があるのか、はたまた今日の私の体調は元々よくなかったのか、何が悪いのかよくわからないが、吐き気が中々治まらない。

そろそろ胃液しか出すものがないんですけど。

と思いながらも、こみあげて来る気持ち悪さに耐えきれず、まだ吐き出す私。


「うぇっ、うぇええ」


気持ち的には大丈夫だと思っていたけれど、やはり身体的にはダメなようだ。

そういう意味では私は川井草子なのだと実感する。

吐いて気分最悪になりながら、私はこれからの未来を想像してさらに具合が悪くなった。

ヒロインに嫉妬してヤンデレ化してしまったら暗い未来しかない。

そしてヒーローに気に入られても病死ルートに突き進むかもしれない。


あ、駄目だ。

落ちる。

付き合いの長い自分の体だ。


意識を失う時もわかった。

大丈夫、ここは尾屋外の別荘。

きっと、お医者さんでも何でもいて私の事を診てくれるに違いない。


私の具合を悪くしたのは尾谷外なんだし、それくらいの責任は取ってくれるだろうと勝手に思って私は意識を手放した。





………




目を開ける。

ぼやけている視界に映るのは妙にキラキラした天井。

眼鏡はどこだろうと、ベッドサイドに手を伸ばせば、それっぽいのを見つけてかける。


どこだここ?


………そうだ、私は尾谷外の別荘に来ていたんだった。

そして尾谷外のせいで気分が悪くなって……それできっと、尾谷外かもしくは使用人とかそういう人が私の事を運んでベッドに寝かせてくれたに違い無い。


「ああ、目が覚めたんだね。草子」

「え、爽君?」


どこもかしこも高そうなこの部屋のドアが開けば、そこには原黒がいた。

何か違和感。


「よかった。倒れたって聞いて心配したんだ」


爽やかな笑みを浮かべて原黒が近づいてくる。

手は後ろで組んでいるようだ。

ベッドに横たわった私はそのまま、原黒がこちらに来るのをただ見ている。

倒れた私を原黒が迎えに来る。

居たって、よくある光景のはず。


何で違和感を覚えているんだろう。

無駄に毛足が長くふかふかしているらしい絨毯は原黒の足音を完全に吸い取っている。

煌びやかな調度品をよけながら、原黒の後ろにやった手は見えない。


ここは尾谷外の別荘。

放課後車に乗せられて、来たはず。高速に乗って結構な距離を走って。

何で原黒はそんな所まで私を迎えに?

別に変な事ではないかもしれない。

過保護な所がある原黒なら、それもするかも。

とはいえ、尾谷外は確か原黒の事を警戒していなかったっけ。


そうだ。

付き合いの長い人間が私を殺すと言っていたはず。

あの時、想像したのは原黒だった。


一番付きあいの長いのは、原黒だというのは皆知っている事。

他に想像できる相手はいない。


でもなんで?

ヤンデレな私が嫉妬に狂って、ならわかるけど、原黒はそうじゃない。

爽やかなスポーツ少年なのに。

それに殺す意味が分からない。

もしかしたら、私が原黒とヒロインの恋愛を邪魔しそうだから先に殺しておこうとか、そういう怖い考えにいたったのでは?


だったら、する事は一つだ。

私が原黒の恋愛に干渉する気なんて無い事を言えば、きっと助かる。


「草子、可哀想に。尾谷外は酷い奴だな」


ベッド横まで来た原黒が私の頭を撫でる。

その手つきは私を労わっているように感じる。

……けど、尾谷外いわく、原黒は信用してはいけない、みたいな。

いや付き合いの長い原黒の方が私としては信じたい気持ちがあるけど。


「尾谷外君は?」


尾谷外の名を出せば、原黒の動きが止まる。顔も、強張っているような、気がする。

うーん、どうしよう。

まあ庶民な私は尾谷外に逆らうのは良くないのだ。

という訳で、原黒が私を殺す、という尾谷外の主張を受け入れてみよう。


「どうしてあんな奴の事気にするの?草子をこんなに苦しめたのはアイツじゃないか」

「そんな言い方ないです。私、尾谷外君の事好きになりましたから」


原黒の顔が怖い。

私だって、アイツを好きなるとか無いわーとは思っているから理解できないんだろう。

趣味悪いなお前って思ってたりするのかな。


「そんな冗談。面白くないよ?草子」

「……冗談なんかじゃないです。さっきキス、だってしたんです」


だからこんなに具合が悪くなったんだけどね。

原黒の恋愛を邪魔しないために、尾谷外に恋してますっていう体で過ごすことにしよう。

これで万事解決なはず。


「嘘だ。俺は認めない」


低く、原黒が喘ぐような声が聞こえた。

そうして何か腕を振りかぶったなと思ったら頭に強い衝撃が走った。


こめかみを熱いものが伝う。

頭が熱い。

…………一体、何?




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