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第二話 支部に残った者

 日が高くなる前に、支部の中は整理されていった。

 捕虜たちは安全な区画へ移り、負傷者は手当てを受けている。縛られた支部兵たちは、倉の一角へまとめられ、解放された捕虜が交代で見張りに立った。


「見張りを頼むのは、筋違いだと分かってる」


 シエンが言うと、年かさの捕虜の男は首を振った。


「冗談だろう。……こんな日が来るなんて、思ってもみなかったよ」


 男の手首には、縄の痕が深く残っていた。

 魅了は、平凡な仮面を重ねた瞬間に完全に終わっている。命令も、二度と復活しない。今、支部兵たちを押さえているのは、美姫の力ではなく——ただの縄と、見張りの目と、数の逆転だった。


(それでいい。……それが、いい)


 昼過ぎ、街道の方角から土煙が上がった。

 騎馬を先頭にした一隊——西津県衛兵。救援要請の女が、確かに石門関へ届けたのだ。


「九影大盗賊団の支部というのは、ここか!」


 隊を率いる武官へ、二人は順に引き渡していった。

 拘束した支部兵。捕虜だった人々の名簿。人買いの記録。武器庫と倉の目録。鳥舎と、十四羽の灰羽鳩。

 ——そして、中庭の骸。


「……何だ、これは」


 武官は、馬から降りたきり動けずにいた。


「支部長です」


 捕虜だった年かさの男が答える。


「昨夜まで、人の姿で歩いていました。この目で見ました」


 武官は黙って骸を回り、喉の傷を確かめ、牙を見て、それから空を仰いだ。

 やがて部下を呼び、荷車ではなく、二台の橇(そり)を用意させた。人の遺体を運ぶ扱いでは、どうにもならない大きさだった。


「……巌熊の異名は、伊達ではなかったということか」


 武官は骸から目を離し、それから二人を見た。


「あんたたちは、何者だ」

「通りすがりの、面屋と客よ」

「……詮索はやめておこう。県衙としては、助かった側だ」


 武官は深くは追わなかった。ヨウシンの証言と石門関の記録が、すでに公のものになっていたことも大きい。

 ——県衙の記録には、こう残るだろう。九影大盗賊団の支部長は人ではなかった、と。

 それ以上は書かれない。残る八つの影が何者かも、この夜ここで何が確かめられたのかも、彼らは知らないままだ。


(……知らないほうが、いい)


(証人。記録。そして今日の引き渡し。——九影《ジュイン》が消したかったものは、全部、公の光の下に出た)


 ただし、とシエンは胸の内で言い添える。


(潰れたのは、一つの支部だけ。九つの影は、あと八つ。本体は、無傷)


 この土煙の届かないどこかで、九つの影は、今日も動いている。


 夕刻。県衛兵の野営から離れた木陰で、二人は持ち物を広げた。

 布の上に、旅の全部が並ぶ。

 九つの影の取引記録。——仲介経路を示す、原本。持っていく。

 髑髏の破片。——里の形見。持っていく。

 ラゴウ支部の記録断片。『器の候補』『選別』『北へ移送』の文言。——姉へ続くかもしれない糸。持っていく。

 副頭領の黒い符と骨札。——過去の事件の証拠。役目は終えたが、まだ捨てない。

 そして、仮面たち。

 平凡な女。傷の入ったバンロ。メイファ。ソウガン。セイカ。


「……ガンカは」


 シエンは、小さな布包みを開いた。

 中には、拾い集められるだけ拾った、白い粉と欠片。

 仮面には、もう戻らない。髑髏と、同じだ。


「彼女は門を支えて死んで……最後は、私を守って砕けた」

「ガンカらしい、と言うべきかな」

「会ったことも、ないくせに」

「顔を見れば、少しは分かるさ」


 ユエンは欠片をひとつ摘まみ、月のまだ見えない空へ透かした。


「防具として砕けた面は、これが最初だ。……覚えておくといい。仮面は有限で、失えば戻らない。次も同じ手が使えるとは限らない」

「……ええ」


 シエンは、粉々の白を包み直した。

 髑髏の破片の、隣へ収める。


(失った顔の履歴が、増えていく。……それでも、進むしかない)


 持つ物と、置いていく物。

 次へ続く糸と、ここで終わる証拠。

 一つずつ分けて、荷は、思ったより軽くなった。


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