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仮面師は嗤わない 〜髑髏を砕かれた暗殺者と、顔を作る仮面師〜  作者: 職人魂
第六章 顔は知っていても、人を知らない
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第四話 外へ出る四つの道

 昼下がり。荷の点検を口実に、シエンは敷地を歩いた。

 輸送監督という身分は、都合がよかった。倉庫にも、荷置き場にも、水場にも、用がある。


(武器庫は指揮所の裏。常備の兵は……見える範囲で五十前後。弓が多い。騎馬は八)


 数えながら、聞き耳を立てる。


「——ラゴウ様が呼んでる」

「今か? 勘弁してくれ、この前あいつがどうなったか見ただろう」

「声がでかい。……殺されたいのか」


 別の水場では、若い兵が声を潜めていた。


「この前、逆らった奴の剣を素手で受けて、へし折ったって本当ですかい」

「巌鎧功《がんがいこう》——ラゴウ様の練体術だ。刃も矢も、あの身体には通らねえ。……名前だけ覚えて、二度と口に出すな」


 兵たちの会話は、どれも同じ形をしていた。

 忠誠では、ない。

 ——恐怖だ。

 この支部は、ラゴウという一枚の岩の下で、全員が息を潜めている。


(頭目が落ちれば、この支部は崩れる。……盗賊の砦と、同じ構造)


 捕虜区画の柵の前を、荷を運ぶ振りで通った。

 低い建物。窓は高く、小さい。中から、微かに人の気配がする。

 数は——十や二十では、きかない。


(子供の声も、ある)


 足が、止まりかけた。


(姉さんの名前を、探したい。今すぐ、あの記録の建物へ——)


 衝動が喉元まで上がってくる。

 シエンは、目を閉じて一呼吸した。


(……順番。先に、退路と警報。それを知らずに動けば、この人たちごと死ぬ)


 暗殺者の頭が、復讐者の心を押さえつける。

 シエンは区画の周りを一周し、出入口と鍵の位置、見張りの数と交代を目に焼き付けた。


(出入口は一つ。鍵は見張り頭の腰。交代は……夕と夜半)


 それから、指揮所の裏手。

 記録の建物は、石造りだった。窓には鉄格子。入口には常時二人。


(力ずくじゃ、入れない。でも——搬入はある)


 記録用の紙。今日、自分たちが運んできた荷の中にもあった。


(紙を運ぶ者は、中へ入れる)


 夕刻前、二人は敷地の中ほどにある水場で、短く交差した。

 井戸端は吹きさらしだ。桶を並べる兵、手を洗う炊事の女——人通りは絶えない。

 だからこそ、誰も足を止めない。

 二人は柄杓を回し合う輸送役と使者を装い、顔も合わせずに言葉だけを交わした。


「戦力は」

「五十強。弓多め。騎馬八」

「捕虜は」

「二十以上。子供もいる。出入口一つ、鍵は見張り頭」

「記録棟は」

「石造り、格子窓、常時二人。紙の搬入で入れる」

「上出来だ」


 ユエンは柄杓《ひしゃく》の水を飲む振りをしながら、目だけで指揮所の屋根を示した。


「……問題は、あちらだ。報告の経路が、思ったより多い」

「いくつ?」

「四つ」


 日が傾く頃、二人は敷地の東端へ移った。

 鳥舎の見える塀際の物陰。屋根はなく、頭上には赤く焼けた空が広がっている。

 荷縄と油壺を地面へ並べ、道具の整理を装って、二人は肩を並べた。

 ——ここも屋外だ。声を落とすほかに、隠れる術はない。


「一つ目。——伝書の鳩だ」


 ユエンが、視線だけで鳥舎を指す。

 木組みの小屋の中で、灰色の羽の鳩が十数羽、止まり木に並んでいた。


「灰羽鳩《はいばねばと》。妖術じゃない。ただの、訓練された鳥だ。行き先は『西方第三中継所』。日没の鐘と同時に、定時の一羽が飛ぶ」

「緊急のときは?」

「同じ文を、二羽に持たせる。一羽が落ちても届くように」

「……中継所から、その先は」

「中継所が選別して、必要なものだけを上へ送る。ここから頂点へ直通ではない。——だが、届けば同じことだ」


 シエンは鳥舎の構造を目でなぞった。

 放出口は屋根の一箇所。扉には簡単な錠。脇の棚に、小さく巻かれた予備の封書と、帰還記録の板。


「鳥の数と帰還記録を照合すれば、報告が外へ出たかどうか、あとから分かる」

「二つ目は、正門」


 ユエンが続ける。


「徒歩と騎馬の伝令。馬は八頭。門が開かなければ出られない」

「三つ目は、見張り台の狼煙。四隅の台に、油と薪。火が上がれば、遠くの目に届く」

「四つ目は——」

「裏の搬出口」


 シエンが引き取った。


「北側の壁に、物資用の小さな口がある。荷の出し入れで今日二度開いた。鍵は倉番頭」

「……よく見ている」

「仕事だもの」


 四つの道。

 鳩。門。狼煙。裏口。

 ——どれか一つでも残れば、『報告』は外へ出る。


「今、壊す?」


 シエンが低く問う。


「壊せば、その瞬間に潜入が露見する」

「残せば、いざというとき報告が飛ぶ」

「だから——壊さず、覚える」


 ユエンは、地面の砂へ指先で小さく印を刻んだ。


「場所。人員。鍵。定時。全部を頭へ入れて、『そのとき』が来たら一斉に塞ぐ」

「分担は」

「私が鳥舎と裏搬出口。君が正門と馬と狼煙」

「私一人で三つ?」

「君には、そのときには手が増えているはずだ」

「……捕虜」

「解放すれば、混乱も人手も生まれる。彼らにも、逃げるための門がいる」


 シエンは、砂の印を見下ろした。


(四つの道を、全部塞ぐ。捕虜を逃がす。記録を守る。そして——ラゴウ)


 やることが、多すぎる。

 それでも、初めて『全体の形』が見えた。


「日没の鐘まで、あとどのくらい」

「長くはない」

「なら急ぐ。——記録棟」

「ああ。……十一年前が、あそこにある」


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