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仮面師は嗤わない 〜髑髏を砕かれた暗殺者と、顔を作る仮面師〜  作者: 職人魂
第六章 顔は知っていても、人を知らない
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第二話 顔が開ける門

「ソウガン。ラゴウ様がお待ちだ」


 門兵の声に、ユエンは眉ひとつ動かさなかった。


「報告の順は変えられん。先に荷の受領だ。書式が乱れれば、困るのはお前たちだぞ」

「……相変わらず固いな、あんたも」


 門兵が肩をすくめる。


(——通った)


 シエンは荷車の脇で、胸の内だけで息を吐いた。

 重い門扉が完全に開き、荷車が敷地へ入っていく。

 石壁の内側は、想像より広かった。

 正面に指揮所らしい大きな建物。左手に倉庫が三棟。右手の奥には、細い柵で仕切られた低い建物——。


(……あれが、捕虜区画)


 高い見張り台が四隅に一つずつ。台の脇には、油と薪。狼煙《のろし》の備えだ。

 そして敷地の奥から、あの音がする。

 岩を打つような、重い足音。


(——ラゴウ)


 心臓が、勝手に速くなる。

 十一年。

 故郷を焼き、姉を連れ去ったかもしれない男が、同じ壁の内側にいる。

 短刀は、外套の下にある。距離を詰めて、喉を裂けば——。


(……駄目)


 シエンは爪を掌へ食い込ませた。


(順番を、決めた。戦力。記録。姉さんの手掛かり。報告経路。——全部が先。殺すのは、最後)


「メイファ! ぼさっとするな、荷を検める!」


 倉番らしい男の声が飛ぶ。


「そっちこそ手を動かして」


 メイファの伝法な口調が、考えるより先に出た。

 倉番が笑う。


「事故ったって聞いたぞ。よく無事だったな」

「無事に見える?」


 シエンは、包帯の覗く肩をわずかに見せた。

 ——本物の傷だ。嘘の身分の中で、傷だけが本物だった。


「ひでえな。おい、誰か手伝ってやれ」


 同情は、疑いを遠ざける。

 荷下ろしが始まった、そのときだった。


「待て」


 年かさの門番が、荷車の前へ回り込んだ。


「予定表にない箱が一つある。この薬箱だ。目録には二箱、ここには三箱ある」


(——数えて、いなかった)


 散らばった荷を谷で拾い集めたとき、他の荷が紛れ込んだのか。

 シエンの背に、冷たいものが伝う。

 答えを間違えれば、最初の検問で終わる。


「——欠け月の定めを忘れたか」


 ユエンが、帳面から顔も上げずに言った。


「欠け月の……?」

「古い取次の作法だ。荷が破損した月は、同種の予備を一つ添えて詫びとする。事故で薬箱の封が割れた。だから予備を足した。……今どきの門番は、そんなことも教わらんのか」


 年かさの門番が、口ごもる。


「い、いや。古い作法は、俺らの代では——」

「なら覚えておけ。目録の隅に添え印がある」


 ユエンは目録の端を指した。

 そこには確かに、小さな印がある。——昨夜、ユエン自身が古い書式どおりに書き足した印だ。


(嘘と、本物の知識を混ぜてる……)


 古い作法そのものは、実在するのだろう。だからこそ、疑えない。


「確認した。……通れ」


 門番が下がる。

 シエンはすれ違いざま、荷箱を二度、軽く打った。

 ——問題ない。

 倉の方から、同じ音が二度、返ってきた。

 警報は、鳴らなかった。

 顔が、門を開けた。


(ここまでは、仮面の勝ち。……ここから先は、私たちの番)


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