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仮面師は嗤わない 〜髑髏を砕かれた暗殺者と、顔を作る仮面師〜  作者: 職人魂
第六章 顔は知っていても、人を知らない
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第一話 二つの死者の顔

 ——時は、一夜だけ遡る。

 支部の門をくぐる、前の晩。山道脇の窪地で、二人は最後の準備をしていた。

 焚き火はない。月明かりの下、シエンはメイファの顔で、ユエンはソウガンの顔で向かい合っている。


「では、始めよう」


 ソウガンの細長い顔が、静かに言った。


「メイファ。今回の荷の数は」

「荷箱が十二、油甕《あぶらがめ》が四、薬箱が二、矢束が六。記録用の紙が一箱」

「経由は」

「西津渡しから北西古道。石門関の先で一泊——のはずだった。実際は落石で一日遅れた」

「封印の欠けた荷箱について訊かれたら」

「事故で谷へ落ちた。積み直したときに封が割れた。……これでいい?」

「悪くない。だが、まだ足りない」


 ユエンは、地面へ小枝で線を引いた。


「問題は、質問が『二人へ別々に』来ることだ」


(……そう。それが、一番怖い)


 シエンは頷く。

 門を抜けたあと、輸送監督と使者が同じ場所に居続けるのは不自然だ。必ず、別々の持ち場へ分けられる。


「私が倉で訊かれたことと、あなたが詰所で訊かれたこと。答えが食い違えば、それだけで疑われる」

「そうだ。個人の記憶の穴なら、ごまかせる。だが『二人分の身分の矛盾』は、組織が勝手に見つけてくれる」

「……全部を覚え合うのは、無理ね」


 覚える時間も、覚える材料もない。分かっているのは、遺品と身分証と荷から読み取れる役割だけ。

 メイファが誰と親しかったのか。ソウガンが誰を嫌っていたのか。三年前に何があったのか。

 ——死者の顔は、何も答えない。


「なら、覚えない」


 シエンは言った。


「答えを増やすんじゃなくて、減らす。何を訊かれても、行き着く先を一つにする」

「……ほう」

「『落石事故で、荷と記録が乱れた』。荷数が合わなくても、封印が欠けても、到着が遅れても、記録と食い違っても——全部、そこへ集める」


 ソウガンの薄い口髭の奥で、ユエンがかすかに笑った気配がした。


「一つの嘘に、すべての矛盾を背負わせるか」

「嘘じゃないもの。事故は本当にあった」

「だから強い。……いいだろう。次は分担だ」


 ユエンが小枝の先で、自分と、シエンを順に指す。


「知識が要る場面は私だ。古い形式、取引の作法、記録の書式。——観察と即応が要る場面は君だ。人の重心、視線、配置、逃げ道」

「異論はない」

「離れている間の合図も決める」


 二人は、荷の並べ方を使うことにした。

 倉へ運び込む荷箱の向き。縄の掛け方。積む順番。

『封印について訊かれた』なら、欠けた封の箱を一番外へ。『当直を訊かれた』なら、縄を二重掛けに。『危険、離脱準備』なら、油甕を荷の外へ出す。

 短い作業の音も決めた。荷箱を二度打てば『問題ない』。長く一度なら『照合が始まっている』。


「完璧ではないな」

「完璧な潜入なんて、ない」

「……君は、たまに私と同じことを言う」

「気のせいよ」


 最後に、ユエンは布包みを開いた。

 セイカ。——山を走るための、若い伝令の顔。

 ガンカ。——門を支えた、大柄な守備兵の顔。


「非常用はこの二枚だけだ。使えばどちらも一枚きり。割れれば、二度と戻らない」

「セイカは逃走。ガンカは突破。……覚えている」

「それから」


 ユエンの声が、わずかに低くなった。


「支部の中では、月視は当てにするな。屋根の下と閉鎖区画は見えない。私に見えるのは、月光の届く場所だけだ」

「最初から当てにしていない」

「頼もしいことだ」


 シエンは、メイファの右眉の傷へ触れた。

 自分のものではない眉。自分のものではない傷。


(……この人は、どんな声で笑ったんだろう)


 考えて、やめた。

 知らないままでいい。知らないまま——借りた身分ごと、返しに行く。


「寝る。夜明けに起こして」

「約束する」


 準備を増やせば、搬入の時刻を逃す。急げば、記憶の穴が残る。

 どちらも選べないから、二人は『穴を埋めない』ことを選んだ。

 穴は、ある。

 ——その穴ごと、渡り切る。


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