第三話 三つの線が重なる
証言を得ても、シエンはすぐには動かなかった。
(動けば……これまでと、同じ)
怒りを証拠だと思い込み、罠へ飛び込む。それだけは、しない。
「もう一度、最初から見る」
シエンはヨウシンの作業台へ、資料を並べた。
「熱でもあるのか?」
ユエンが額へ手を伸ばす。
——払い落とした。
「慎重になれと言ったのは、あなたでしょう」
「君が素直だと不安になる」
「黙って」
一つ目。——現在の証拠。
枯柳倉の補助帳には、十二日周期の人の取引と、北西へ向かう古道、獣の爪を重ねた命令印がある。だが、それだけでは印の持ち主がラゴウとは分からない。
二つ目。——十一年前の物証。
焦げた通行記録。二十七人。谷の南東。青縁布。現在と同じ周期と命令印。欠けた指揮者名。だが、村の名はない。青縁布が本当に故郷のものかも、シエンの記憶だけだ。
三つ目。——ヨウシンの証言。
巌熊のラゴウ。九人の頭目のひとり。北西へ送られた女と子供。十六歳ほどの、目立つ娘。だが、十年以上前の記憶は間違うことがある。恐怖から、嘘をつくこともある。
「……どれも、欠けている」
シエンが言う。
「だから、重ねる」
ユエンが、三つの資料を近づけた。
現在の印は、ヨウシンが偽物と見分けた。
古記録の日付と周期は、現在の取引周期に一致する。
欠けた名は、ヨウシンが口にした『ラゴウ』と合う。
証言に出た青縁布は、床下から見つかった現物と一致する。
「まだ一つ足りない」
「何が?」
「青縁布が、君の故郷にしかないという確認」
それからの、二日間。
二人は古道沿いの村を回った。
布を見せ、同じ縫い方を知る者を探す。
——誰も、返り燕縫いを知らなかった。
三つ目の村で、老いた織り手が布を裏返した。
「これは南東の谷の縫い方だよ。昔、青縁の麻布を市へ出していた村があった」
「村の名は?」
「忘れたねえ。……十一年前に焼けて、それきりだ」
老女は倉から、古い仕入れ札を持ってきた。
青縁麻布。返り燕縫い。
出荷元の村名は虫に食われている。——だが、南東の谷を示す荷印があった。
シエンは札を借り、写しを取った。
「これで、結べる」
二日目の、夜。
三つの線が、ようやく重なった。
現在、ラゴウの命令印は北西の支部へ人を送る経路で使われている。
あの年、同じ命令印を持つ一団が、シエンの故郷の方向から二十七人と品を運んだ。
当時の記録係は、指揮者を『巌熊のラゴウ』と証言した。
——ラゴウは、九影大盗賊団の頭目のひとりと呼ばれる者。
現在も同じ印で荷を受ける、支部の長。
姉を連れ去り、故郷を焼いた指揮者。
シエンは一つずつ、声に出して確認した。
「ラゴウが、私の村を襲った」
声は、震えなかった。
「そう判断できる」
「姉を連れ去った」
「その可能性は極めて高い」
「そこは断定しないのね」
「ヨウシンは娘の顔を知らない。記録に名もない」
「十六歳の目立つ娘だった」
「条件は合う。だが、シヨウ本人だと証明するには足りない」
腹が立つ。
——だが、それでいい。
姉が生きていると決めつければ、利用される。死んでいると決めつければ、探す道を閉ざす。
「ラゴウを殺す」
これまでずっと、敵は『九つの影』だった。
形のない組織。届かない名前。
いま——最初のひとりが、人の形を持った。
「まず、ラゴウを殺す」
「止めない」
ユエンは、静かに答えた。
「ただし、成功させる」
「分かっている」
「正面から行けば、支部の記録を消される。シヨウの手掛かりも、銀狐への線も失う」
「分かっていると言った」
シエンは短刀を抜いた。
刃を、命令印の横へ置く。
「証拠を取る。姉の記録を探す。——そのあと、殺す」
復讐を捨てたのではない。
届かせるために、順番を決めた。
ヨウシンが、戸口から二人を見ていた。
「……その前に、わしをどうする」
「西津県衙へ行って」
「役人が守れるものか」
「何も持たずに逃げれば、あなたひとりを消せば終わる」
ユエンが、古記録の写しを差し出す。
「これを持って、公の記録に残す。原本は私たちが別に運ぶ」
「わしに囮になれと?」
「——証人に、なってほしい」
シエンは、もう一枚写しを作った。
「ひとつはあなた。ひとつは私。原本と布はユエン。誰かひとりが襲われても、全部は消えない」
「九影は、それでも来る」
「来たら、止める」
ヨウシンは、長く黙った。
「……あのとき、そう言ってくれる者がおればな」
写しを、受け取る。
遅すぎた言葉だった。
——それでも今は、遅くない。




