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第五話 消される仲介者

 地下にいたのは、六人だった。

 若い女たちと少年たち。その中に、まだ幼い少女もいる。

 全員、手首を縄で縛られている。

 荷箱では、ない。

 ——帳面の『三本線』、そのものだった。

 シエンの奥歯が、鳴った。


「今日の分はこれだけだ」


 帳場の男が言う。


「砦が潰れたからな。次からは北の連中が集める」


 シエンは捕らわれた人々から目を離し、バンロの低い声で尋ねた。


「どこへ運ぶ?」

「……お前が聞くことか?」


 疑いの印を押した男は、もう笑っていない。

 外から、足音が近づいてきた。

 背の曲がった老人——ユエンが、骨札を見せながら倉へ入ってくる。


「回収役か?」


 戸口の男が問う。


「古い札を見ても分からないなら、門番を替えたほうがいい」


 声まで、完全に老人だ。

 ——だが、その歩き方には年齢がなかった。

 帳場の男が骨札を受け取り、爪形の印を確かめる。


「支部から来た証拠は?」


 ユエンは骨札を取り返すように、片手を差し出した。


「疑うなら荷を戻す」

「……待て」


 男たちの注意が、ユエンへ集まっていく。

 シエンはその間に、地下への入口を検分した。

 階段は一つ。床板は、内側からは持ち上げられない。


(火をつけられたら……誰も逃げられない)


 帳場の男が、一枚の紙を出した。


「今後は、この道を使う」


 紙には川と山、二つの中継地点が描かれている。

 北西へ向かう線。

 その先に——九つの影の印。

 シエンは、息を止めた。


(支部へ、続く道——)


「代わりに、古い帳面と札は全部渡せと言われている」


 シエンは帳場の男から目を離さず、バンロの声で答えた。


「帳面は髑髏の女が持っていった」


「なら、取り戻せ」

「どこにいるか分からねえ」

「見つけるまで、お前の仕事はない」


 帳場の男が、紙を机へ滑らせた。

 受け取ろうとしたユエンの指が——止まった。


「これは、誰が書いた?」

「支部の記録役だ」

「いつ?」

「昨日だ」

「——嘘だな」


 倉の空気が、変わった。


 ユエンの声から、老人らしい枯れが消えていた。


「紙の端に、古い水暦の目盛りがある。この形式は、とうに廃れた」

「古紙を使っただけだ」

「なら墨が新しすぎる。線を引いた者は水暦を知らず、目盛りを方角だと思って写している」


 ユエンが、紙を裏返す。


「これは道ではない。——昔の、川底の深さだ。受け取った者を待ち伏せへ誘うための偽図だな」


(偽の経路……!)


 受け取って進めば、そのまま待ち伏せへ入る。

 帳場の男の右手が、机の下へ消えた。

 シエンは、動かない。

 見ていたのは、男ではなかった。

 ——屋根裏の梁。

 倉へ入る前から、そこに潜んだままの者がいる。

 合図役。

 梁から、赤い紐が垂れていた。

 引けば、外へ何かが伝わる。支部への警報か、襲撃の開始か。


(どちらでも——引かせちゃ、いけない)


「バンロ」


 帳場の男が、呼んだ。


「毒は、どんな味だった?」


 ——答えない。

 男の口元が、ゆっくりと歪む。


「甘かっただろ。……俺が酒に混ぜたんだからな」


(殺した本人——!)


 帳場の男は、バンロの顔を憎々しげに睨んだ。


「砦が潰れ、帳面まで奪われた。あれを辿られれば、この倉まで来る」

「だから、バンロを殺したのね」

「あいつは砦とここをつないでいた。捕まって口を割られる前に、消すしかなかった。支部に知られりゃ、次は俺たちが消される」


 自分たちが生き残るために、先に仲間を殺した。

 そして帳面を追う者には偽の道を渡し、待ち伏せへ送り込むつもりだったのだ。


 最初から、バンロが生きて戻るはずがないと知っていた。


「——お前、誰だ?」


 机の下で、金属が鳴る。

 同時に、梁から垂れた赤い紐が揺れた。

 ユエンが、動いた。

 逃げるのではない。

 ——倉の中央へ、自分から出た。

 老人の姿が、すべての男から見える場所へ。


「そいつを殺せ!」


 初撃が、ユエンへ集中した。

 戸口から槍。壁際から短弓。屋根裏の梁から投げ針。

 ユエンは外套を翻し、槍の穂先を素手でつかんだ。

 片手で、止める。

 身体をひねり、槍ごと男を弓の射線へ投げた。矢が仲間の肩へ突き立つ。

 ——その一瞬、誰もシエンを見ていない。

 シエンは机を蹴った。

 帳場の男が体勢を崩す。

 机を踏み台に、梁へ跳ぶ。


 脇腹が裂けるように痛んだ。


(高さが——足りない!)


 伸ばした指が、梁へ届かない。

 その足底を、ユエンが下から押した。

 身体が、一段高く浮く。

 シエンは梁をつかみ、反動を使って梁の上へ身体を引き上げた。


「なっ——」


 梁の男が振り向く。

 ——遅い。

 シエンは男の手首を切った。赤い紐から、指が離れる。

 紐の先には、小さな火矢が結ばれていた。引けば屋根の筒から打ち上がり、川上へ合図を送る仕掛けだ。

 シエンは火矢を踏み折った。


(警報は、止めた。でも——)


 眼下では、床板が閉じ始めている。

 地下の人々ごと、閉じ込めるつもりだ。


「ユエン!」


 名を呼んだ瞬間、契約相手はもう動いていた。

 床板の端へ腕を差し込み、落ちてくる板を肩で受ける。

 男たちが押している板が——止まった。


「こちらは任せろ!」


 床板を肩で支えたユエンが叫ぶ。


「信用できない!」


 梁の上から、シエンは怒鳴り返した。


「では早く戻って確かめてくれ!」


 シエンは梁の男を蹴り落とし、自分も床へ飛び降りた。


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