↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/47

第四話 借りた力、自分の刃

「訊きたいことがある」


 シエンは、副頭領の前で止まった。

 間合いの外。一歩で刃が届く距離ではない。

(負傷した今は……二歩、必要)


「何でも訊け」


 副頭領は、蕩けた笑みを浮かべた。


「お前が望むなら、何でも話す。兄貴のことも、帳面のことも」

「あの帳面は、九影大盗賊団との取引記録なのね」


 男の笑みが、凍りついた。


「それは……」

「なぜ、街を巻き込んでまで奪い返そうとしたの?」

「……」

「答えて」


 命令が、届く。

 副頭領の喉が、勝手に動いた。


「帳面を失ったと知れたら——九影《ジュイン》に、消される」


 心臓が、強く鳴った。

(やっぱり……あの印は、偶然じゃなかった)


「どこにいる」

「知らない」

「嘘をつかないで」

「本当に知らない! 向こうから仲介人が来る。俺たちは荷を渡して、金を受け取るだけだ」

「仲介人の名前は?」

「名前は知らない。顔も……毎回、違う」


 ユエンが、わずかに反応した。

(顔が、毎回違う——)

 仮面を使っているのか。それとも、単に人を替えているだけなのか。


「誰の命令で動いている?」

「聞いたことがあるだけだ。ラ……」


 副頭領の唇が、震える。

 魅了とは別の恐怖が、男の顔を歪めていた。


「言いなさい」

「——ラゴウ」


 初めて聞く名だった。


「それは、誰?」

「知らない。知ってる奴は、消される。仲介人がそう言った。大きな男だと……刃も通らない、化け物だと……」

「どこへ行けば会える?」

「知らない!」

「次の取引は?」

「帳面に……符丁で……」


 副頭領の目が、シエンの外套へ落ちた。

 ——取引記録の在りかに、気づいている。


「それを、返せ」


 男の手が、伸びた。

 シエンへ、ではない。外套の内側の、帳面へ。


「返せば、九影に殺されずに済む。お前も俺のものになる。そうだ……二人で、逃げればいい」

「動かないで」


 副頭領の足が、止まる。

 ——だが、手は止まらなかった。


(命令が、曖昧だった……!)


 男は腕だけを伸ばし、帳面をつかもうとする。

 シエンは身体を引いた。

 脇腹の傷が裂ける。一瞬、視界が痛みで白く染まった。

 副頭領の目に、すっと理性が戻る。

 完全に正気に戻ったわけではない。けれど——傷を見た。弱っていると、気づいた。


「お前さえいなければ、兄貴は……!」


 男の袖から、細い針が飛び出した。

 隠し武器。魅了されながらも、殺意だけは捨てていなかったのだ。

 シエンは首を傾ける。針が頬をかすめた。

 副頭領が、懐へ手を入れる。


(まだ符を持ってる。影獣の符じゃない……何の術か、分からない)


「手を出さないで」


 シエンは背後のユエンへ告げた。


「頼まれてもいない」


 腹の立つ返事だった。

 ——だが、それでいい。


「私に危害を加えることを禁じる」


 美姫の声で、命じる。

 副頭領の指が止まった。

 男は自分の手首をもう一方の手で押さえ、無理やり動かそうとする。


「殺す……殺せない……兄貴の、仇……」


 肩が上がる。視線はシエンの顔。重心は右足。左袖の針は囮《おとり》。


(本命は懐の符じゃない。——腰の、短剣)


 見えている。

 美姫の力などなくても——何度も見てきた、人間の動きだ。

 シエンは、命令を解いた。


「……来なさい」


 副頭領が、短剣を抜いた。

 憎しみと歓喜を同時に顔へ浮かべ、踏み込んでくる。

 速い。だが——一歩が、深すぎる。

 シエンを傷つけたくないという欲望が、最後の瞬間、刃をわずかに鈍らせた。

 シエンは右へ避ける。肩の傷が痛み、腕が上がらない。短刀を低く持ち替える。

 副頭領が振り向く。

 二撃目が来る前に、懐へ入った。

 刃を、肋骨の隙間へ滑らせる。

 ——あの砦で、兄を殺したときと同じ場所。


 心臓へ、届いた。


「あ……」


 副頭領の短剣が、石畳に落ちる。

 男は、シエンの顔へ手を伸ばした。

 触れる前に、指から力が抜ける。


「綺麗、だ……」


 最後の最後まで——男は、美姫を見ていた。

 シエンは刃を抜く。

 赤い衣が、石畳へ崩れ落ちた。


「兄弟そろって、同じ死に方ね」


 喜びは、なかった。

 兄の仇討ちに街ひとつを巻き込んだ男。放置すれば、また誰かを殺した。

 だから、殺した。

 ——それだけだ。

 シエンは膝をつき、副頭領の懐を探る。

 破れた黒い符。銭の入った小袋。そして——骨で作られた、一枚の札。

 札の表には獣の爪痕。裏には、九つに分かれた影が刻まれている。


(取引記録と、同じ印……)


 先ほど聞いた『ラゴウ』という名と、この札がどう繋がるのかは分からない。居場所も、役職も、男の言葉がどこまで正しいのかも不明だ。

 それでも——初めて、九影に属するらしい人間の『名前』を得た。

 シエンは骨の札と、破れずに残った黒い符を回収する。

 立ち上がろうとした瞬間、足から力が抜けた。

 石畳に手をつく。息が苦しい。

 脇腹。頭。肩。四日分の疲れ。——どれも、消えていない。


「仮面は万能ではないと言っただろう」


 ユエンが、隣にしゃがむ。


「言われていない」

「そうだったかな」

「今、作ったでしょう」

「ばれたか」


 差し出された手を無視して、自分で立つ。

 通りでは、男たちがまだ座っていた。

 副頭領が死んでも、美姫の命令は消えていない。彼らの視線が、一斉にシエンを追う。

 熱と渇きの混じった、粘つく目。


「盗賊団の残党だけ、立ちなさい」


 赤い衣の男に従っていた者たちが、立ち上がる。


「武器を一箇所に集めて。両手を後ろに回し、縄で縛られても抵抗しない。互いにも、街の人にも危害を加えない」


 残党たちは武器を置き、命じられた通り、手を後ろに回した。


「今のうちに、この人たちを縛って!」


 シエンが、女たちと街の警備役へ呼びかける。

 祭りの飾り縄と荷縄がかき集められ、残党の手足に幾重にも巻かれていく。戸板に括りつけられた者もいる。

 全員が身動きできないことを、シエンは自分の目で確かめた。

 ——戦いは、終わった。


(次は……この顔を、どうにかしないと)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。