82 ファッションショー
朝食を終えて身支度を整えた俺たちは、さっそく館を後にした。
「それなら以前ユズルさんの服を買ったあのお店に行ってみませんか? あそこなら品揃えも豊富ですし、きっと素敵な水着が見つかると思います!」というリースの提案に賛成し、王都の賑やかな大通りをみんなで連れ立って歩いていく。
しかし、目的地へ向かう道中で隣を歩いていたリースがふと俯き加減になり、もじもじと小さな声で口を開いた。
「あの……実は私、泳ぐのがあまり得意ではなくて……というか、全く泳げないんです」
海に行くという話で盛り上がったものの、彼女なりに不安を抱えていたのだろう。少し申し訳なさそうに眉を下げるリースを見て、俺は安心させるように微笑みかける。
「なんだ、そんなことか。俺もそこまで得意ってわけじゃないけど、海に着いたら俺が泳ぎを教えるよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
俺の言葉を聞いたリースはパッと顔を輝かせると、ぎゅっと俺の左手を両手で握りしめた。彼女の柔らかく温かい手の感触と心底ホッとしたような満面の笑顔に、こちらまで自然と頬が緩んでしまう。
「それにもし泳げなかったとしても浅瀬なら足がつくから海に入れるし、どうしても水に入るのが厳しいようなら砂浜で一緒に遊ぶことだってできるしな。海での楽しみ方は泳ぐことだけじゃないさ」
俺はそう言ってフォローを入れながら、空いている右手でリースの頭を優しく撫でた。
さらさらとした髪を撫でられると、リースは嬉しそうに目を細め「はいっ!」と元気よく頷いてみせた。
◇ ◇ ◇
目的の服屋は王都の大通りの中でもひと際大きな構えをしており、活気あふれる人波の途切れた先にある。重厚な木製の扉を押し開け、カランコロンと心地よいベルの音を響かせて店内へと足を踏み入れる。ふわりと香る新しい布地の匂いと、所狭しと並べられた色とりどりの衣服が俺たちを出迎えてくれた。
「いらっしゃい……おっ、こりゃあずいぶんと賑やかなお客さんたちだな。兄ちゃん、前にもうちで服を買ってくれたっけか。今日はみんなどうしたんだ?」
奥のカウンターから顔を出した恰幅の良い店主が、俺の顔を見るなり気さくな笑みを浮かべて近づいてきた。
「その節はお世話になりました。実は今度、ここにいる全員でアルカディアの海へ行くことになりまして。それで泳ぐための水着を購入しようかと」
俺が要件を伝えると、店主は「なるほど、アルカディアの海か!」と目を輝かせてポンと手を叩いた。
「そりゃあいい時期に行くもんだ。ちょうど最近王都の若い子たち向けに、動きやすくて見栄えのいい水着を仕入れたばかりでね。さあさあ、こっちのコーナーだよ」
店主に案内された一角には、鮮やかな色彩の水着がずらりと並んでいた。しかし、それを見たリースが「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げて両手で顔を覆い隠す。
「こ、こんなに布の少ないものを着て、外を歩くんですか……? いくら海でも、その……」
指の隙間からチラチラと水着を盗み見ながら赤面するリースに、店主は豪快に笑った。
「ははは、水に入るんだから当然だろう? だが露出が気になるならこういうのもあるぞ。ほら、リースちゃんにはこういう可愛らしいのが似合うんじゃないか?」
そう言って店主が取り出したのは、淡いピンク色をしたワンピースタイプの水着だった。胸元や裾に控えめなフリルがあしらわれており、露出も少なめで上品なデザインだ。
「あ……これなら、お洋服みたいで安心できそうです。私、これにします!」
リースもそれがすっかり気に入ったようで、大事そうに胸の前に抱え込んだ。
「私はとにかく動きやすくて、泳ぎやすいのがいいかな。……おっ、これなんか最高じゃん!」
一方ミリアは悩む素振りも見せず、鮮やかな赤色のスポーティなセパレート水着を手に取った。ミリアらしい無駄のないデザインだ。海辺を走り回る彼女の姿が容易に想像できる。
セレナは少し離れた場所で、遠慮がちに二人のやり取りを見守っていた。
「セレナさんも、せっかくの海なんだから自分の好きなのを選んでいいんだぞ。予算は気にしなくていいからな」
俺が声をかけると、セレナはパッと表情を明るくして陳列棚へと向き直った。
「ありがとうございます。それなら私は少し落ち着いた色合いの……これにしようかな」
セレナが選んだのは温かみのあるオレンジ色の生地に、腰に巻く薄手のパレオがついた大人っぽいデザインだった。控えめな彼女の雰囲気にとてもよく合っていて、どこか上品な色気も感じさせる。
「ボクはこれ! 黒がかっこいいからね!」
ルカは秒で黒一色のシンプルなショートパンツタイプの水着を引っ張り出し、早くも泳ぐ気満々で尻尾をぶんぶんと揺らしている。俺もそれに釣られるように、無難でシンプルな青色の水着を手に取った。
「よーし、それじゃあお嬢さん方はあっちの広めの試着室を使ってくれ!」
店主の言葉に従い、女性陣が連れ立って試着室へと消えていく。残された俺は店内で待つこと数分。「ユズルさーん、開けますね」というセレナの声とともにカーテンがシャッと開き、着替えを終えた四人が少し照れくさそうに姿を現した。
「ど、どうでしょうか、ユズルさん……変じゃ、ないですか?」
もじもじと身をよじるリースは、ピンクのフリルが彼女の清楚な可愛らしさを一層引き立てていた。隣ではミリアが赤い水着姿で「ちょっとスースーするね」と恥ずかしそうに視線を泳がせ、セレナもオレンジのパレオを揺らしながら静かに微笑んでいる。
だがルカに至っては羞恥心よりも楽しみのほうが勝っているのか、はち切れんばかりの勢いで尻尾が揺れている。
「四人ともすごく似合ってるよ。これは本当に海に行くのがますます楽しみになってきたな」
俺が素直な感想を伝えると、四人は顔を見合わせて花が咲いたように笑い合った。
それぞれの水着が決まり、元の服に着替えた俺たちはレジカウンターへと向かう。
「全部合わせて、銀貨五十枚になるよ。まいどあり!」
俺は現金を取り出し、チャリンチャリンと銀貨を並べてキッチリと支払いを済ませる。小気味よい音を立てて金を受け取った店主は、満足げに頷きながら俺たちへ温かい視線を向けた。
「いやぁ若い連中が連れ立って旅行なんて、見てるこっちまで元気をもらえるってもんだ。道中気をつけて、アルカディアの海を思いっきり楽しんでくるんだぞ!」
「はい、ありがとうございます! 行ってきます!」
店主の明るい声に見送られ、購入した水着の入った紙袋を手に提げて俺たちは服屋を後にした。足取りは驚くほど軽く、見上げる王都の空はどこまでも青く晴れ渡っていた。
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