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77 生き残るという仕事

 薄暗い迷宮を慎重に進み続け、俺とルカはなんとか7層まで到達していた。


 この階層まで深く潜ってくると魔物の出現についても厄介になってくる。とはいってもゴブリンの数が一体ずつ多く出現してくるようになっただけだが、やはりルカのサポートありきでなんとか突破できてる節がある。

 俺は通路の奥に(うごめ)くゴブリンを視界に捉えるなり、右手に魔力を練り上げてファイヤーボールを放ち、炎の爆発で相手が怯んだ隙を突いてヒヒイロカネの剣で一気に斬り伏せた。魔法の遠距離攻撃と剣を織り交ぜた戦闘スタイルにも、だいぶ体が馴染んで手応えを感じ始めている。


「よし、このままのペースで……」


 次の通路へ足を踏み出そうとした、まさにその時だった。


「うわぁぁぁっ!」


 遠くから甲高い悲鳴が響き渡った。明らかに若い子供の声だ。

 隣を歩いていたルカがピンと耳を立て、緊迫した表情で声のした方向を素早く振り向く。


「ユズル君、今の声……!」

「ああ、誰か襲われてる。助けに行こう!」


 俺たちは互いに頷き合うと、迷うことなく声の発生源へと向かって駆け出す。


 入り組んだ通路を抜けた先の開けた広間で、絶望的な光景が目に飛び込んできた。

 リースと同じくらいだろうか。まだあどけなさの残る男の子が一振りの安っぽい剣を必死に構え、迫り来るゴブリン三匹から逃げ惑っていた。息は激しく上がり、足元はすでにおぼつかない。体には擦り傷がいくつか付いており、今にも背後からゴブリンの錆びた斧が振り下ろされようとしている絶体絶命の状況だった。


「ルカ、右をお願い!」

「了解っ!」


 俺は走りながら手のひらを突き出し、先頭のゴブリンめがけてファイヤーボールを射出した。轟音と共に炎が直撃し、一匹が黒い霧となって弾け飛ぶ。

 突然の爆発に驚いて足を止めた残りのゴブリンの懐へ踏み込み、ヒヒイロカネの剣を横薙ぎに一閃した。同時に、俺の背後から跳躍したルカが空中で身を捻りながら最後の一匹の急所にクナイを突き立てる。


 わずか数秒の間にゴブリン三匹を沈め、俺は剣を鞘に収めると床にへたり込んでいる少年に歩み寄った。


「大丈夫か、怪我はないか? 俺はユズル、こっちはルカだ」


 少年はまだ信じられないといった様子で目を丸くしていたが、やがてゴクリと唾を飲み込み、震える声で口を開いた。


「ぼ、僕はザック……。助けてくれて、ありがとう……」


 安堵からか肩で息をするザックは、あちこちがひどく汚れた服を着ていた。

 こんな子供がなぜこんな深い階層にたった一人で来ているのか。「ほら、ポーションだ。怪我してるんだろ? 一応飲んでおくと良い」と言い、俺はザックにポーションを渡す。

 不思議に思って事情を尋ねると、ザックはギュッと唇を噛み締め、ぽつりぽつりと自身の背景を語り始めた。


 幼い頃に両親に捨てられ、貧困街でその日暮らしをしていること。

 彼には、ユアという名前のたった一人の妹がいること。


「僕が……僕が早く強くならないといけないんだ。難しい依頼をこなせるようになって、たくさんお金を稼いで……ユアに、もっと楽な生活をさせてあげたいから……!」


 ザックの瞳には、悲壮なまでの決意が宿っていた。妹を思う兄の切実な願い。それは確かに立派な動機だった。

 だがその言葉を聞いた瞬間、隣にいたルカの雰囲気が一変した。

 いつもはゆらゆらとしている彼女の尻尾が不機嫌そうにピタリと動きを止め、瞳が鋭くザックを射抜く。


「……ザック君さ」


 底冷えするような、珍しく明らかな怒りを含んだルカの声に、ザックがビクッと肩を震わせた。


「自分が死んだら、残されたユア君がどうなるか考えたことある?」

「えっ……」

「勇気や強さと無謀は違うよ」


 ルカはザックの目の前に進み出て、逃げ場を塞ぐように真っ直ぐに見下ろした。


「冒険者の一番大事な仕事は、ボロボロになって依頼を完成させることじゃないんだ」


 圧倒的な凄みに、俺まで息を呑んでしまう。ルカはただ感情的に怒っているわけではなく、命のやり取りの冷酷さを誰よりも理解しているからこそ、手厳しい言葉を紡いでいた。


「勿論、自分の信用問題もあるから依頼を完遂することも大事だよ。けどね、危ないことがあった時に無事に生きて帰って『こんな危険があったよ』と説明すること。それが一番の仕事さ」


 ザックは反論することもできず、ただルカの言葉に圧倒され、その場に立ち尽くしていた。


「君が死んで報告できなくなったら、後に続く誰かが同じ目にあって困る人が出てくるだろうし、そのせいで戦えない人がモンスターの犠牲になる可能性もある。……何より、君が死んだらユア君は一人ぼっちになっちゃうでしょ?」


 妹の名前を出され、ザックの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 ルカは少しだけ声のトーンを落とし、諭すように言葉を続ける。


「ユア君が大事なら、ユア君の幸せを願うなら。まず君が生きて帰る必要があるんだよ。ここはギルドダンジョンだからと言っても、命のやり取りをしているんだ」


 ルカはザックの肩にそっと手を置き、その小さな身体に言い含めるように告げた。


「その自覚を持つこと、そして絶対に忘れてはいけないよ」


 ルカの真摯な説教を聞き、ザックはしゃくり上げながら何度も深く頷いた。

 自分の無謀さが、結果的に一番守りたかった妹を不幸にする可能性があったこと。冒険者としての本当の責任。それらに気がついた彼は、袖で乱暴に涙を拭うと「今日は、一度家に帰ります……」と小さな、しかし確かな声で告げた。

 その言葉にルカもようやくいつもの柔らかな表情に戻り「うん、それがいい」と優しく微笑む。


「俺たちも、今日はこの辺で一旦上がるか」


 俺が提案すると、ルカも「そうだね」と短く同意した。

 俺たち三人で歩調を合わせ、近くにあった7層の転送装置へと向かう。青白い光を放つ台座に触れ、1層をイメージする。

 視界が白く染まる中、俺はルカの先ほどの言葉を頭の中で思いかえしていた。それはザックに対してだけでなく、これから冒険者として危険な世界を生きていく俺自身にも深く突き刺さる、重く大切な教訓だった。



 ◇ ◇ ◇


 ザックと別れ、ギルドダンジョンの入り口にある転送装置から地上へと帰還した俺たちは、そのまま家へと戻ってきた。

 

「ボクは汗を流したいから、先にお風呂をもらうね」


 玄関に入るなり、ルカが大きく伸びをしながらそう告げた。「ああ、ゆっくり入ってきてくれ。俺は少し庭で用事を済ませてからにするよ」とルカを家へ見送り、俺は一人で庭へと戻る。

 周囲に人気がないことを確認してから、慣れた動作でトラックを召喚する。音もなく出現したトラックの後方へ回り、観音扉を開け放ち、暗い荷台の奥へ向かってファイヤーボールを放ち始めた。


 ぼふん、という気の抜けた音と共に炎の球が四次元空間の荷台へと吸い込まれていく。

 数発撃ち込んだところで、ふと気になって自身のステータス画面を開いてみた。すると、レベルの表記が「9」から「11」へと上がっているではないか。ダンジョンでの戦闘の成果だな。


 さらに視線を下へ移すと、スキルの項目にある「残りスキルポイント」の数値が「7」まで増えていることに気がついた。


(おおっ、ポイントが7も溜まってる! 天界の扉まであと3ポイント……)


 ステータス画面を見つめながら思わずニヤニヤしていると、不意に声がかかった。


「あら、ユズルさん。そんなところで一人で何をしているのかしら?」


 声のした方向を見ると上品な笑みを浮かべたフランさんが立っていた。彼女は俺の目の前にあるトラックと、俺の差し出した右手を不思議そうに見つめている。


「あ、フランさん。実は最近魔法を覚えまして。今はこうしてトラックの荷台に魔法を貯め込んでいるところなんです」

「魔法をトラックに……? それはまた随分と面白いことを考えるのね」


 フランさんが興味深そうに目を細めたので、俺は少し得意げになって説明を続けた。


「このトラックの荷台には、物だけじゃなく魔法も収納できることが分かったんです。こうしてあらかじめ時間がある時にファイヤーボールを貯めておけば、いざ実戦になった時自分の魔力を消費せずにこのトラックからファイヤーボールを撃ち出せるんですよ」


 俺の種明かしを聞いたフランさんは、少しだけ驚いたように目を丸くした後、ふわりと花が咲くような笑みを浮かべた。


「ふふっ、本当にユズルさんの考えることは面白いわね。でもついに魔法まで使えるようになったなんて素晴らしいわ。ユズルさんが強くなってくれればリースちゃんも私たちも安心できるもの」

「ええ、まだまだ未熟ですけどこれからももっと強くなってみせますよ。……皆を守れるくらいに」


 フランさんの温かい労いの言葉に、俺は照れくささを隠しながらも力強く意気込みを返した。彼女の優しげな視線に見守られながら俺は再びトラックの荷台へと向き直り、残りの魔力を使ってファイヤーボールを補充始める。

読了いただきありがとうございます。

本編投稿は毎週月金の2日となります。

詳しい投稿日時については活動報告書を参照ください。


投稿時間については全編一括18時半となります

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