75 強力な目覚まし
翌朝。深い眠りに落ちていた俺の意識は、腹部への凄まじい衝撃によって強制的に現実に引き戻された。
「おきろーーー!!!」
「ぐぇっ!?」
カエルが潰れたような、言葉にならない奇声を上げて俺は目を覚ました。
薄目を開けると、俺の布団の上に馬乗りになっているルカの姿があった。彼女はピンと立てた尻尾を機嫌よさげに揺らしながら、俺の顔を上から覗き込んでいる。
「昨日キミがお風呂上がったら話をしようと思ったら、お風呂で寝てたんだもん。だから起こしに来てあげたよ!」
「……それで、朝からダイブしてくるほどの用事ってなんなんだよ……」
まだ半分寝ぼけた頭を抱えながら尋ねると、ルカは目を輝かせて言った。
「ギルドに行って、正式なパーティ登録をしよう!」
「パーティ登録? 昨日入り口でもらった腕輪で登録できるんじゃないのか?」
「腕輪でもいいんだけど、あれはあくまで簡易的なものなんだよ。ギルドで正式にパーティ登録をしておくと、ギルドダンジョン内限定だけど同じパーティメンバーからの攻撃が当たっても無傷になる『加護』が付くんだ」
いわゆるフレンドリーファイアの無効化か。今後のことを考えるとそれは確かに必須のシステムだ。
「それにね、ギルドで売られてる『白紙地図』を使うと、メンバーが大体どのあたりにいるのかが分かるようになるんだよ」
白紙地図……地図なのに白紙とは珍しいな。
普通こういうのって決められた地図があるとかじゃないのか?
「白紙地図?」
「そう。ギルドから発売されてる、何も書かれていない魔法の地図。ダンジョンは定期的に構造が変わるから確定した地図っていうのが存在しなくてね。でも、この地図を持っていればパーティメンバーが自分から見て大体どの位置に、どれくらい離れてるかが浮かび上がるんだ。はぐれた時にすごく便利だし、もし別の階層に居る時は階層の数字だけが表記される仕組みになってるんだ」
迷宮探索においては命綱とも言える超優秀なアイテムだ。俺は完全に目が覚め、その利便性に感心して頷いた。
「なるほど、わかった。今日ギルドに行って登録しよう。だから……ちょっとどいてくれ、ルカ。朝からその重さはキツい……」
「重くないっっ!!!!」
乙女の逆鱗に触れたのか、ルカがポカポカと俺の胸元を軽く叩き始める。
そんな騒がしいやり取りをしていると、開いたままになっていた部屋の扉から、ひょっこりとリースの顔が覗いた。
「ふふっ、朝から賑やかですね」
「あ、いいところに来た! リース君もユズル君の上に乗っちゃえ!! ユズル君、まだ寝ぼけてるみたいだから!」
「えっ!? わ、私もですか……?」
ルカの無茶振りに、リースは左右に顔を振り、俺の顔色を伺う。しかし、ルカが俺の上から手招きをすると、彼女はじりじりと近づいてきて……えっ、本当に乗るの?
「し、失礼します……!」
リースが遠慮がちに、しかししっかりと俺の足のあたりに腰を下ろした。
ルカに加えてリースの体重まで乗しかかり、物理的な圧迫感は跳ね上がった。だがルカはともかくリースが乗っている手前、ここで「重い」なんて言葉を口にするのは男として致命的だ。俺は必死にポーカーフェイスを保ちながら、声を張り上げた。
「起きた!! 起きました! おはようございます!!! だから早く降りてください!!!」
俺の完全降伏宣言を聞いて、ルカは「ムフーっ」と鼻息を荒くして満足そうに立ち上がった。「それじゃあ先にリビングに行ってるね」と、そのまま尻尾を揺らしてリビングへと向かっていく。
後に残されたリースは、俺の足の上にちょこんと座ったまま、ニコニコと微笑んだ。
「あ、ご飯できたので、準備ができたらリビングに来てくださいね」
「……うん、わかった。すぐ行くよ」
それだけを言い残し、リースもふわりと立ち上がってテトテトと小走りで部屋を出て行った。
嵐が過ぎ去った後のような静かな部屋で、俺は大きく息を吐き出す。
「朝っぱらから元気だな、ほんと……」
呆れながらそう呟きながらも、どこか口元が緩んでいるのを自覚しつつ俺は急いで着替えを始めた。
◇ ◇ ◇
朝食を終え、身支度を整えた俺とルカの二人は活気付く王都のメイン通りを歩いていた。通りには焼きたてのパンの香りが漂い、荷馬車が行き交う賑やかな日常の風景が広がっている。先ほどの騒がしい朝の目覚めのおかげで、昨日までの疲労感や寝起きの気怠さはすっかり抜け落ち、代わりに今日からの本格的な探索に向けた高揚感が胸を満たしていた。
「今日も冒険者でいっぱいだねぇ」
ルカがピンと立てた耳をピクピクと動かしながら、目の前に見えてきたギルドを指差す。扉をくぐると、朝一番の美味しい依頼を求める者や、すでにひと仕事を終えて酒を浴びるように飲む者たちの熱気がむわっと押し寄せてきた。
俺たちはまっすぐに受付カウンターへと向かい、昨日もお世話になった受付へと声をかけた。
「おはようございます。今日はパーティ登録の手続きをお願いしたくて来たんですが」
「おはようございます、ユズルさん、ルカさん。パーティの正式登録ですね、かしこまりました。それでは、お二人の身分証をご提示いただけますか?」
受付の言葉に従い、俺は首から下げていた革紐を引っ張り、ペンダントのように身につけていた身分証を取り出した。一方のルカは、ズボンのポケットに無造作に手をつっこみ、自分の身分証を引っ張り出してカウンターにコトリと置いた。
受付は二人の身分証を専用の魔道具にセットし、流れるような手つきで操作を行う。淡い光が魔道具から漏れ出し、ふたつの身分証を優しく包み込んだかと思うと、すぐにスッと光が収まった。
「はい、これで手続き完了です。お二人は正式なパーティメンバーとしてギルドに登録され、相互の攻撃を無効化する加護が付与されました。……それと『白紙地図』は購入されますか? 500ゼルになりますが」
「あ、はい。それも一つお願いします」
俺が即答すると、受付はカウンターの奥から筒状の巻物を取り出してきた。広げてみても文字通り真っ白で何も描かれていないが、微かに魔力を帯びているのがわかる。500ゼルを支払って受け取ると、想像以上に軽く、しっとりとした手触りだった。
「ありがとうございます。最後に一つ、探索における重要な注意事項がございます」
地図を受け取った俺たちに対し、受付は少しだけ表情を引き締めて告げた。
「ギルドダンジョンの内部構造は諸事情のため、2週間に一度の周期で全く別の地形へと変化します。昨日通れた道が今日は行き止まりになっている、ということも珍しくありませんので、探索の際は常に警戒を怠らないようお気をつけください」
「2週間に一度……肝に銘じておきます」
俺はかつて遊んローグライクゲームを思い浮かべながら頷いた。
「ご忠告感謝します。それじゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ! お二人のご武運をお祈りしております」
受付の明るい声に見送られながら、俺たちは連れ立ってギルドを後にした。
正式なパーティとしての絆を示す見えない加護と、新たな探索の頼もしいお供である白紙地図。昨日よりもずっと心強い装備を手に入れた俺たちは、足取りも軽く、再び西門の先にあるギルドダンジョンへと向かって歩き出した。
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