72 新たな試練
ある程度の数のファイヤーボールを収納した俺は、ふと思い立って王都のギルドへと向かうことにした。
そういえば、最近は身の回りのことや魔法の練習にかかりきりで、ギルドにはすっかりご無沙汰だった気がする。
(最後にギルド行ったのって、いつだったっけ……)
活気あふれる王都のメインストリートを歩きながら、記憶を指折り数えてみる。
確かくるみさんのことがあったり、ストーンバレーに行ったり……あぁそうだ。ネイマール商会の事件もあったな。
考えれば考えるほどかなりギルドに行ってない気がする。確かスライムは常駐依頼だから依頼報告は大丈夫だと思うが……。
やがて見覚えのあるギルドが見えてきた。その入り口に差し掛かったところで、ちょうど中から出てきた見覚えのある姿と鉢合わせた。
「あ、ユズルさん! お疲れ様です!」
「ミリアか。奇遇だな、これからギルドに入ろうと思ってたんだ」
ミリアは「あ、それなら私も付いていこーっと」と笑い、俺を促すように再び中へと入っていく。
共にギルドの扉をくぐると、受付カウンターの奥から一人の女性職員が勢いよく立ち上がるのが見えた。彼女は目をこれ以上ないほどに輝かせながら、小走りでこちらへと近づいてくる。
「ユズルさん! ああ、よかった、お姿が見えなかったので心配していたんですよ!」
「えっ、あ、すみません……そんなに空いてましたか?」
「ええ……身分証を発行してからもう2週間ほど経ちますから。大体は身分証発行されてから一週間以内にスライム討伐報告する方が多いですから、何かあったのかとギルド内で噂になっていたんです。冒険者なりたてで帰ってこないという方は数多く見てきましたが、やはり帰ってきてくださるのは嬉しい限りです」
まさかそんなに長い間放置していたとは。自分では数日程度のつもりだったが意外と時間は過ぎ去っていたらしい。俺が呆然としていると、隣にいたミリアがどこか懐かしむような笑みを浮かべて口を開いた。
「私とユズルさんが初めて出会った日が最後だったんですねぇ……」
ミリアの言葉で、ようやく当時の記憶が一本の線に繋がった。ああ、そういえばあの時だ。受付からリースへの言伝を預かっていると言われ、慌てて屋敷に戻ったせいでギルドへの報告や手続きを有耶無耶にしたまま飛び出してしまったんだった。
俺は苦笑交じりに頷き、溜まっていた報告を済ませるべく、首から下げている身分証を取り出した。
「それじゃあ溜まってた分、まとめてお願いしていいかな。今日はスライムの討伐報酬を受け取りに来たんだ。よろしく頼むよ」
受付嬢は「かしこまりました!」と元気よく受け取り、すぐさま奥にある魔道具へと通した。慣れた手つきでカタカタと情報を処理する彼女の姿を眺めながら待つことしばらく。
やがてカウンターへ戻ってきた彼女の表情は、先ほどよりも一層明るく、そして驚きに満ちたものに変わっていた。
「ユズルさん、おめでとうございます! ギルドの貢献度が一定数を超えたため、ランクFからランクEに昇格しました!」
「……え、昇格?」
「すごいです、ユズルさん! おめでとうございます!!」
ミリアが自分のことのように飛び跳ねて喜んでくれる。周囲の冒険者たちからも「お、新人が上がったか」という視線が送られ、俺は急に居たたまれない気持ちになった。
「あ、ありがとう……。まさかそんなにすぐ上がるとは思ってなかったから、ちょっと驚いたよ」
すると受付が「スライムの討伐数が非常に多かったですからね。一度の報告だけでランクが上がるのは珍しいですよ!」と興奮気味に伝えてくれる。
俺は頬を掻きながら、照れ隠しに視線を泳がせた。
◇ ◇ ◇
「おめでとうございます、ユズルさん。ですが、ここからが本番ですよ」
受付は表情を引き締めると、カウンター越しに少しだけ身を乗り出した。その真剣な眼差しに、俺の背筋も自然と伸びる。
「ランクEになった冒険者には、ギルドから最優先で説明しなければならない重要事項がございます。……ミリアさんは、すでにご存知ですね?」
「はい。いよいよ『アレ』に挑戦できる権利がもらえた、っていう話ですよね」
ミリアが深く頷く。俺一人が話に置いていかれているのを感じて首を傾げると、受付はデスクの下から一枚の王都周辺の地図と、幾つかの項目が記された羊皮紙を取り出した。
「ユズルさん。西門を出てそのまま森へと深く入ると姿を現す特殊な場所があるのをご存知ですか? ギルドが管理と運営している公式の訓練場――通称『ギルドダンジョン』です」
ギルドダンジョン……。受付は羽ペンで地図の一角を指しながら、立て板に水のごとく説明を始めた。
「このダンジョンは、新人からベテランまでを育成するためにギルドが魔法的措置を講じている特殊な空間です。最大の特徴は、その独自の『転送ルール』にあります。もし探索中、パーティメンバーの誰か一人のHPが0になった場合、その瞬間にパーティ全員がダンジョンの外へと強制転送されます。HPが0になった方は最大値の1割まで回復した状態で排出されますが……代償もございます」
「代償、ですか」
「はい。その回のダンジョン探索で獲得したアイテムや魔石はすべてダンジョン側に吸い込まれ、完全に紛失してしまいます。つまり、誰か一人の油断がパーティ全員の成果を台無しにする……死のリスクこそ低いですが、利益を失う厳しさを学ぶ場所でもありますね。そして何より、命を犠牲にしてでもアイテムを手に入れようとする人を増やさないために必要な措置なんです」
なるほど、全滅ペナルティが「獲得アイテムの全没収」というわけか。異世界にしてはかなりゲームみたいだが、命が助かる分だけ温情があるとも言えるのだろう。
「それと、ダンジョン内アイテムの換金についても特殊なルールが設けられています。ギルドダンジョン内で手に入れた品は、当然ですがギルドの所有物だったものですのでギルドの窓口で直接お金に換えることはできません。ですが、個人売買や街の商店に売るのは自由です。そして、もっとも重要なのが『ギルドトークン』との交換です」
「トークン?」
「はい。入手したアイテムをギルドに納めることで得られる専用の硬貨です。これを貯めると、一定時間防御力が増幅する特殊ポーションや魔物から逃げやすくなる薬、さらにはギルドダンジョン専用の拡張アイテムバッグといった、非売品の特殊アイテムと引き換えることができます。換金目的の乱獲を防ぐために必要トークン量は多めに設定されていますが、その価値は十二分にありますよ」
俺が感心して話を聞いていると、受付は羊皮紙に記された数字を指し示した。
「ダンジョンは全100層構成。現在Eランクになったユズルさんは、1層から19層までの入場が許可されます。19層には最初の関門となるボス部屋があり、そこを突破してランクを上げることで次の階層へと進める仕組みです」
「ランクごとに潜れる深さが決まってるんですね」
「その通りです。また、これもお伝えしておかなければなりませんが、自分より高ランクの者がいる場合、その者が戦闘に関わってしまうと適正ランクの者の経験値やアイテム獲得権が無効化されます。つまり、強い人に後ろから付いていくだけの『寄生行為』はできないようになっています。ただし、戦闘に入る前にバフやヒールなどの支援魔法を受けておく分には、例外として認められています」
ミリアが「厳しいですけど、それが自分のためになるんですよ」と横から補足してくれる。どうやら単なる稼ぎ場ではなく、あくまで冒険者を鍛え上げるための「試練の場」としての位置付けらしい。
「西の森……か。早速、準備を整えて行ってみる価値はありそうだな」
俺がそう呟くと、受付は満足げに微笑んで、新しくなったEランクのギルドカードを差し出した。
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