71 ファイヤーボール
地べたに座り込み、リースにポーションを塗ってもらっていると門のほうからパタパタと足音が近づいてきた。どうやら出かけていたミリアが帰ってきたらしい。
庭の壁際に集まっている俺たちを見て、彼女は目を白黒させながら駆け寄ってくる。
「みんな揃って何してるんで……って、ユズルさん!? 頭から血が……怪我してるじゃないですか、大丈夫なんですか!?」
驚いた表情でこちらを見下ろしてくる。無理もない反応だ。庭の壁際で額から血を流してへたり込み、女の子たちに囲まれて介抱されている男の姿なんて、俺が逆の立場でも間違いなくギョッとする自信がある。
「いや、ちょっと魔法の練習をな……。ブーストを使ってルカと追いかけっこをしてたら、自分のスピードを制御しきれず壁に激突しただけなんだ。リースがポーションをかけてくれたおかげで、痛みはもう引いてるよ」
「本当にものすごい音がしたのでびっくりしましたよ。でもあれだけ派手にぶつかって軽傷で済むなんて、ブーストってすごいんですね。……わたしも、お小遣いでブーストの魔法書を買ってみようかな」
感心した様子でセレナさんが呟く。食堂の給仕にブーストの爆発的なスピードは必要なのだろうか。お皿が吹っ飛んでいかないか少し心配だ。
だが一つだけ確かなことがある。俺よりは使い方上手いだろう。慎重に行動する彼女の性格だ、無闇矢鱈に走り回ることはしない……はずだよな?
「もう……魔法が使えるようになったのはめでたいですけど、絶対に無茶はしないでくださいね」
腰に手を当てたミリアから呆れ顔で釘を刺され、俺は恥ずかしさと情けなさでただ黙ってうつむくことしかできなかった。
「とりあえず、ユズルさんは土と血を洗い流すためにお風呂に入ってきてください! お風呂から上がったら、みんなで一緒にお昼ご飯にしましょう!」
これ以上俺が落ち込まないように気を遣ってくれたのか、リースが明るい声で場を締めてくれる。
彼女に促されるまま、俺は尻尾を巻いた犬のようにトボトボと浴室へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
風呂から上がり、さっぱりとした気分で食堂へと向かうとすでに昼食の準備が整っていた。
みんなで食卓を囲み、温かい食事を取っていると向かいの席に座っていたミリアが興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「そういえばユズルさん、結局何の魔法を覚えたんですか?」
「ファイヤーボールとブーストを覚えたよ。スライムを倒しながら、一応使えるようにはなったんだ」
俺が答えると、食卓はパッと明るい雰囲気に包まれた。
「すごいです、ユズルさん! これで立派な魔法使いですね!」
「おめでとう、ユズル君!」
「おめでとうございます、ユズルさんっ」
リース、ルカ、セレナさんの三人から次々とお祝いの言葉をかけられ、俺は照れくさくて思わず鼻の頭を掻いた。
「ありがとう。……あ、そういえばちょっと気になってたんだけど、アイテムボックスの中に魔法を放ったら、その魔法ってどうなるんだ?」
そうだ。俺がファイヤーボールを使えるようになりたかった理由の一つがここだ。
もしファイヤーボールをトラックの中に収納することができれば。あらかじめMPがあるタイミングで沢山貯めておくことができれば。それは強力な武器になるのではないか? 荷物噴射と組み合わせればきっと強力な武器になるはずなんだ。
そういったことから思いついた疑問を口にしてみたが、四人は顔を見合わせるだけで誰も答えようとしない。少しの沈黙の後、ミリアが呆れたような、それでいて可笑しそうな顔で口を開いた。
「そんな発想する人、この世界にユズルさんだけですから誰も答えられないと思いますよ」
「そういうもんなのかなぁ。あ、そうだ。後もう一つ聞きたいんだけど……」
俺はスライム相手に魔法のテストをしていた時のことを思い出しながら尋ねた。
「MPを使い切った後って、俺のイメージだと酷い倦怠感が出ると思ってたんだけど、特に体に異常が起きたことないんだ。この世界ではMPを使い切った後って、特に体調に違和感とか出なかったりするものなのか?」
俺の言葉に、ミリアはクスッと小さく吹き出した。
「普通は魔力枯渇状態となって、体を正常に戻そうと通常より多く魔力を吸い込もうとするせいで、歩くことすら困難になるんですが……まぁ、ユズルさんのことですし何があってももう驚きませんよ」
ミリアが楽しそうに笑いながら説明してくれる。どうやら俺の体は、この世界の常識からことごとく外れてしまっているらしい。
まぁいいや、今は飯だ飯!!
◇ ◇ ◇
食事を終え、軽くお腹を休めた俺は再び南門を抜けた先にあるスライムの群生地へと足を運んだ。
周囲に他の冒険者や人影がないことを念入りに確認し、深く息を吐いて意識を集中させる。
「――トラック召喚」
静寂を破るように、目の前の草原にトラックが音もなく姿を現した。
俺はすぐさま車体の後方へと回り込み、重厚な観音扉を両手で勢いよく開け放つ。薄暗い荷台の奥を見つめながら、右手をまっすぐに突き出した。
体内の魔力の糸をじわじわと指先へと束ねていき――暗闇の奥へと狙いを定める。
「ファイヤーボール!」
手のひらから勢いよく飛び出した炎の球が、吸い込まれるように荷台の闇へと消えていく。
激しい爆発音が響くかと思いきや、ぼふんと気の抜けたような音を立てて、炎の塊はあっさりと消え去ってしまった。
俺は緊張しながら、自身のステータス画面を開いてトラックの積載物リストを確認する。
そこには――確かに、「ファイヤーボール×1」の文字が刻まれていた。
「……よし、大成功だ!」
思わず小さくガッツポーズを取る。魔法という実体のないエネルギー体であっても、トラック収納術を使えば「荷物」として問題なく格納できることが証明されたのだ。
この発見に大喜びした俺は、MPの許す限りファイヤーボールを連発した。一発につき5MPを消費するため、連続で撃てるのは9発。体内の魔力が空っぽに近づくのを感じつつ、自然回復を待ちながら、次々と炎球を荷台へと送り込んでいく。草原の真ん中で、ぼふん、ぼふんとシュールな音が何度も響き渡った。
ある程度の数が溜まったところで、次はいよいよ射出テストだ。
ターゲットは、少し離れた場所でのんびりとプルプル跳ねている一匹のスライム。
俺はスライムに向かって荷物噴射スキルを発動する。
「あのスライムに向かって、素早くファイヤーボールを1発」
瞬間、かつてクナイを撃ち出した時と同様に、トラックの荷台から先ほど格納したファイヤーボールがブォンッと凄まじい速度で発射された。
ドゴォンッ! という轟音と共に、スライムのいた場所が赤々と燃え上がる。直撃を受けた一匹のスライムは魔石を残して一瞬で蒸発し、スライムの居た箇所に小さなクレーターが出来上がっていた。風に乗って熱風がこちらに届き、その威力の強さを再認識する。
しかしミリアの放ったファイヤーボールと俺のファイヤーボールの威力がやけに違う……というより、強すぎる気がするが気の所為だろうか?
「うーん。これ、とんでもないことになりそうだな……」
あまりの威力と利便性に、俺は戦慄を覚えると同時に、ニヤリと口元を緩めた。
勿論今回の相手はスライムだ。スライムだったからこそファイヤーボール1発で倒せたと考えておくべきだ。これがゴブリンやオークとかだと一発で倒せない可能性があることも視野に入れておこう。
あらかじめ時間がある時にコツコツと魔力を回復させながらトラックへファイヤーボールを貯め込んでおけば、実戦の場ではMP枯渇を一切気にする必要がない。俺自身のMPがゼロだろうが何だろうが、トラックから炎の弾幕を無尽蔵に撃ち出せる、無敵の移動砲台が完成するのだ。
「時間がある時に、少しずつトラックの中に溜め込んでおくか」
俺はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら、次の実戦を見据えて静かにトラックを収納した。
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本編投稿は毎週月金の2日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
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