68 秘密の共有と芽生える好奇心
7月から火曜と金曜の週2投稿へと変更されます。
詳しくは活動報告書をご確認下さい
その日の夕方、俺はみんなにノアの元へ向かうと告げ、自宅を後にした。
ひんやりとした優しい風が肌を撫でる。昼間とは違う王都の静寂が、これから報告へ向かう俺の心を少しだけ落ち着かせてくれるようだった。
(たしか、ここを曲がって……)
しばらく進むと、アルベルト商会の立派な建物が姿を現す。受付で手続きを済ませ、迷うことなくノアの執務室へと足を運んだ。
ノックをして扉を開けると、そこには紅茶の香りが漂う中でデスクに向かい優雅に資料を眺めるノアがいた。
「すっすー♪ ユズル君じゃないっすか。あの扉のこと、何か分かったっすか?」
「ああ。扉の件が全部解決したから、その報告でもと思ってな」
俺がそう言うと、ノアはパタンと資料を閉じてニヤリと笑った。
「野次馬というわけじゃないっすけど、やっぱり関わったからには気になるっすからね。是非教えてほしいっす。……あ、そうそう。長くなるかもしれないっすから、ユズル君の紅茶も用意しとくっすね~。話は紅茶が届いてからにするっす!」
ノアは俺たちが普段からよく見ている通信用の石板? を取り出すと、ふんふんと鼻歌交じりに何かを操作した。ほどなくして、一人の従者が二杯分の紅茶を運んでくる。
「さ、どうぞ掛けるっす」
ノアに促され、俺はソファに深く腰を掛けて紅茶を一口飲んだ。
対面にノアが座り、従者が部屋を出たタイミングで、彼女は「それじゃ、顛末をお願いするっす」と真剣な表情を見せた。
俺は、聖女くるみとカルディアの関係、カルディアの現在、和食のこと、そして合言葉について全て説明した。勿論、肝心の『ひらけごま』という言葉そのものは伏せたまま。
大方の説明が終わると、ノアが少し考え込むようにぼそりと聞いてきた。
「日本人しかわからない合言葉……『オープン・セサミ』の翻訳っすが、ユズル君はその合言葉の真意が分かるんっすか?」
「もちろん。多分日本人であれば、子供でも知っているくらい有名な合言葉なんだ。『山』といえば『川』、『つー』といえば『かー』、川から桃が流れてくる音は『どんぶらこ』……みたいなもんだな」
俺の説明を聞いたノアは、呆れたように大げさに肩をすくめた。
「『みたいなもんだな』って言われても、全然わかんねーっすけどね! てか、川から桃が流れてくるってだけでも変っすけど、それに専用の音があるってどういう状況っすか!? でもまぁ、それなら外部の人間がディメンションロックを解除することは絶対に出来ないっすから、カルディアはずっと平和のままってことっすね」
「そうだな。俺としては、もうここまで一人で頑張ったんだから『そろそろ休んでくれ』って言いたいところだが……そうするとカルディアが大変なことになるから、安易に言えないのが少しもどかしいな」
場には重い沈黙が流れた。
時計の秒針がチクタクと響く音や、開いている窓から聞こえる鳥のさえずりがやけにはっきりと耳に届く。
「けどまぁ、アレっすよ。ノアちゃんが思ってた最悪のシナリオじゃなかったのは本当によかったっす」
「最悪のシナリオ?」
「あの扉の奥には凶悪なドラゴンが封印されてて、扉を開けるとドラゴンとかが解き放たれてしまう……っていうのを最悪のケースとして想定してたっすから、まだ全然いい方っすね~。さすがのノアちゃんでも、ドラゴンを一人で倒すのはちょっと厳しいっすから」
「『倒せない』とは言わないんだな」
俺が少しからかうように言うと、ノアの顔から一瞬だけいつものケラケラとした笑みが消えた。
「どんなに凶悪な相手でも必ずどこかに隙はあるっす。ドラゴンが相手だろうとダメージを与える隙が必ず存在するっすから、それまでにこっちが致命傷を負わなければいいだけっすよ。ま、それが難しいからドラゴンは強敵って言われてるんっすけどね」
ノアは窓の方を見つめ、遠くの景色を、あるいは遠い過去を見ているようだった。悲しそうな表情とは裏腹に、その瞳の奥には闘志に満ちた強い輝きが宿っていた。
彼女は過去にどんな戦いをし、どんな経験をしたのか。少し興味が湧いたが、過去を無闇に詮索するのは失礼だろう。俺は胸の中に疑問をしまい込み、帰り支度をするためにゆっくりと重い腰を上げた。
「とりあえず顛末といえばこんな感じだ。前にノアが言ってた学会の件だが、このまま報告しない方向にしたいと思ってるんだけど大丈夫か?」
「もちろん、りょっかいっすー。……あ、もしまた何か面白そうなこととか思いついたら、いつでも遊びに来るっすよ。ノアちゃん楽しいこと大歓迎なんで、何も用事がなくても顔を出すといいっす!」
目を輝かせながら大きく両手を上げ、ぶんぶんと振り回すノアを尻目に、俺は片手を上げて応えながら部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
いつものように賑やかな夕食を囲んでいる時、ふと気になっていたことを思い出した。
はたして、俺はこの世界の魔法を使うことができるのだろうか。
俺は、サラダを瑞々しい音を立てて頬張っているリースに問いかけた。
「そういえばリース。魔法の適性がある場合、どういった感覚で覚えられるものなの?」
リースは食べる手を止め、フォークを口元に寄せたまま斜め上を見上げて考え込んだ。
(やっぱり、『ふわっ』とした感覚で自然に身に付くものなんだろうか……)
俺がそんな想像を巡らせていると、彼女は少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません、ユズルさん。実は私、魔法書を読んだことがないんです。興味はあるのですが、あまり若いうちに覚えると魔力が暴発して身を危険にさらすと、お父様から教えられていまして……。来年からは許可をいただけるそうなので、その時に試そうと思っているんです」
「えっとですね、この国では基本的に14歳までは魔法の習得が禁止されているんです。魔力の暴走リスクや精神的な未熟さなど、色々な面を考慮してのことですが。もちろん、隠れて覚えている人も中にはいますけどね。リース様は来年で15歳になられますから、それまでは我慢、ですね!」
ミリアが補足するように教えてくれた。
ん? そういえばリースの年齢を耳にしたのは初めてかもしれない。見た目通り年相応といった感じだが……いや、彼女の年齢について深く考えるのはやめておこう。
「ちなみに私はファイヤーボールを覚える時に魔法書を使いましたけど、あれは不思議な感覚でしたよ。言葉にするのは難しいですが、まるで『最初からその魔法を使えるのが当たり前だった』という感覚になるというか……。すごくふんわりとしてるんですけど、本能がその魔法を理解した、といった感じというか。とにかく説明とても難しいですねぇ」
「へぇー……。ボクも来年になったら15歳だし、ちょっと試してみたいね」
不意に、ルカの耳がピコピコと動いた。潤んだ瞳でこちらを見つめてくるその顔には、「ボクも魔法を覚えたい!」と露骨に書いてある。あまりの分かりやすさが面白くて、俺は思わず吹き出してしまった。
そうか、ルカもまだ14歳だったのか。15歳になったら、お祝いに何か魔法書を買ってやるのもいいかもしれない。
「そうだな。ルカも来年になったら、気になる魔法を試してみるといいよ。二人とも、来年が楽しみだな」
「うん!」
「はいっ!」
二人の元気な返事を聞きながら、ニコニコと会話を見守っていたセレナさんが、話が一段落したタイミングでスッと口を開いた。
「楽しいお話もいいですが、せっかくのご飯が冷めてしまいますよ。美味しい内に召し上がってくださいね」
その一言に全員が「はっ」と我に返り、再び賑やかに食事を再開した。
魔法、俺も覚えられるといいな
読了いただきありがとうございます。
本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
詳しい投稿日時については活動報告書を参照ください。
投稿時間については全編一括18時半となります




