67 最大限のありがとうを貴方に
7月から火曜と金曜の週2投稿へと変更されます。
詳しくは活動報告書をご確認下さい
北門を抜けて人通りが完全に途絶えたのを確認し、俺は虚空に手をかざした。
出現した4トントラックをいつものようにサイズを大きくし、キャビンへ四人を乗せて出発する。
カーナビをモズ遺跡へとセットし、出発だ。
見慣れた景色を見ながらしばらく走る。献花をしにいくということもあってか、みんな緊張しているのだろう。みんな静かにしている。ルカは窓際から外をずっと眺め、セレナとリースは両手を膝の上に乗せてずっとうつむく。ミリアは先ほど購入した薔薇を大切に抱えながらどこか遠くをフロントガラス越しに見ているように見えた。
暫く走ると窓から入る空気が少し変わった。森の近くまで着いたようだ。
モズ遺跡へと続く険しい獣道の入り口で停車した。
トラックを送還し、ここからは徒歩で進む。何かあってはいけないので、俺はヒヒイロカネの剣を腰にまとい、気を引き締めて進む。
生い茂る草木をかき分け、以前訪れた時と同じく静寂に包まれたモズ遺跡の入り口へとたどり着いた。
「ここが……モズ遺跡……」
リースは荒廃した遺跡の姿を前に、静かに息を呑んだ。
風化した石壁を力強く這うツタや、びっしりと生えた苔。人の造った建造物を飲み込もうとする大地の息吹に、圧倒されているようだった。
遺跡の中は昼間だというのに、厚い岩壁に拒まれて光が届かない。俺はバッグから松明を1本取り出したが、あることに気が付く。
松明に火をつける手段を俺は持っていない。仕方ない、ミリアに頼むか……
「ミリア、ちょっとごめん。松明に火を付けてもらってもいいか?」
「あ、ユズルさん。松明は先のところ……つまり炎が出る場所に火の魔石が埋め込まれてるから、魔力を通すだけでも燃やせるのでやってみてください!」
(魔力を通す……か。難しそうだな)
魔力を通す方法について考えていると、リースが松明を持つ手をぎゅっと握る。
「ユズルさん。身分証決済の練習、思い出してください。あの時のように魔力の細い糸を見つけて、松明に流してください!!」
身分証決済……! そうだ、過去に魔力操作をしたことがあるじゃないか。
松明を持つ手の力をふっと抜き、あの時の感覚を思い出す。手の力が抜けたことを悟ったリースは、安全のために距離を取る。
血管を流れるような小さくて細い糸……。
『ふわっ』
体内に普段感じない違和感を一瞬感じた。これだっ!!
俺はその違和感を必死に追いかけ、両手に向かうように集中する。
だがうまく行かない。前回はレイシアさんの魔法のお陰ではっきり見えていたが、モヤがかかったように魔力が見えてくれない。
集中しろ。集中しろ、俺。
――その瞬間、一瞬モヤがかって見えた小さき糸をはっきりと捉えることが出来た。
ここで焦ってしまえば終わってしまう。この糸を指先まで慎重に……
『ボッ』
松明に火が灯った。真っ暗な遺跡の通路に明かりが灯り、かび臭かった通路の匂いはススの混ざった匂いがする。
手元から温かな火を感じた。
「ユズルさんおめでとうございます!! 無事に松明つけることができましたね!」
リースがおめでとうと褒めると、みんなも一斉に『おめでとう』と褒めてくれる。
俺は一言「ありがとう」と照れながら言い、嬉し恥ずかしい感情を表に出さないよう少しうつむき頭をポリポリと掻く。
「よし、松明も点いたことだし先に進もう」
ゆらゆらと揺れる松明の明かりを頼りに奥へと進んでいく。
「……ここだ」
最奥にある、巨大な石造りの扉。
松明の光が壁面を照らし出すと、そこには異世界の文字とは明らかに異なる、独特の曲線と直線で構成された文字列――日本語が並んでいた。
「これが、日本語……。今まで見てきたどの古代文字とも違う、不思議な形をしていますね」
「なんだか、一つ一つの文字に意思が宿っているみたいです……」
初めて見るくるみさんの遺したメッセージに、リースとセレナが感嘆の声を漏らし、その文字をなぞるように見つめる。
俺は深く一呼吸置くと、大切に抱えていた24本の『棘紅薔薇』の花束を、扉の前にそっと置いた。
「……それじゃあ、献花をしよう。ルカも、みんなもこっちに来てくれ」
俺は扉に向き直り、みんなを促す。
「どうすればいいんですか、ユズルさん? 特別な呪文が必要なのでしょうか?」
「いや、難しいことは何もない。ただこうして、胸の前で両手のひらを合わせるんだ。これを『合掌』と言う」
俺はお手本を見せるように、指先を揃えて両手を合わせた。
「こうして目を閉じて、自分の心の中で本人に声を届かせるように想いを乗せる。感謝でもいい、これからの誓いでもいい。自分たちの今の気持ちを、彼女に伝えるんだ」
俺の言葉を聞き、リース、ミリア、セレナ、そしてルカの四人が、少し緊張した面持ちで俺の隣に並んだ。ルカも耳をぴんと立てて、真剣な表情で手を合わせる。
「「「「…………」」」」
松明のパチパチという音だけが響く静寂の中、俺たちはしばらくの間、動くことなく祈りを捧げた。
――――
くるみさん。この世界に和食を残してくれて、カルディアを守ってくれてありがとう。あなたの遺した想いは、俺が、俺たちが確かに受け取りました。
カルディアのみんなは元気にしてる。村長も代が変わって、住んでる人みんな次の世代へと変わっていた。けど、きっとくるみさんがみたかった光景がそこには映っていたよ。皆元気で和食を食べながら毎日を過ごしていた。魔物に襲われない平和な村だ。
知ってるか? 今の村長が驚いてたんだぞ? カルディアにずっと住んでるけど覚えてる中で魔物に村が襲われたことがなかったって。俺の友達の母さんもそうだ。日記に書いてあるとおり「なぜかわからないけど一度もこの村襲われたこと無いんだよね」って言ってたからな。
疲れただろうから扉をあけてもうゆっくり休ませてあげたいが、遺言の通り『ひらけごま』は今は言わない。もしかすると言うことが無いかもしれない。今の俺達に出来ることは花を添えることとカルディアの現状を伝えることくらいしか出来ないが……可能であれば、ゆっくり休んでくれ。
本当にありがとう。
令和という時代からこちらの世界へ来た須藤弓弦より。
――――
ふっと、遺跡の奥から優しい風が吹き抜けた気がした。
顔を上げると、先ほどまで重苦しく感じていた遺跡の空気が、どこか澄み渡ったように感じられた。扉の前の薔薇が、暗闇の中で誇らしげに赤く色づいている。
「……なんだか、胸のつかえが取れたような、不思議な気持ちです」
「うん、きっと届いたよね、ユズル君」
晴れやかな笑顔を見せるリースやルカに、俺も自然と笑みがこぼれる。
「ああ、きっと喜んでくれてる。さあ、王都に帰ろう。今日は美味しいものでも食べて、また明日から頑張ろう」
俺たちはもう一度扉に一礼し、軽やかな足取りで遺跡を後にした。出口の向こうには、どこまでも続く青い空と太陽が俺たちの帰る道をどこまでも明るく照らしていた。
読了いただきありがとうございます。
本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
詳しい投稿日時については活動報告書を参照ください。
投稿時間については全編一括18時半となります




