66 その想いを薔薇に乗せて
6月から火曜と金曜の週2投稿へと変更されます。
詳しくは活動報告書をご確認下さい
車内を包んでいた温かな空気と、時折響く再び寝始めたルカの寝息。
フロントガラスの向こう側では、太陽が地平線の彼方へとゆっくりと沈み始めていた。
王都近くまで来たので目立たない場所でトラックを降り、そのまま帰ろうとした所ルカが起きずにぐっすりと寝たままだ。うーん、しょうがない。
俺はルカをトラックから下ろしながらおんぶする形を取り、ルカを背中に背負う。
「ルカさん、本当に気持ちよさそうに寝てますね」
「全くだ。こうしてみると本当にただの子供みたいだ」
おんぶしながら器用にルカの頭を撫でると「ふみゅぅ……」と寝言を言いながらこちらに体を預けてくる。
その様子を見たミリアがニコニコしながら喋りかける。
「こうしてみるとパパと娘みたいですね!」
「ちょっと前に『キミは弟のようなものだよ』って言われたばっかりなんだけどな」
「なんだかルカさんっぽいですね。初めてユズルさんが連れてきた時は『騎士サマ』とか『お嬢様』みたいに言っててかなりヤバい人かと思ってたのが懐かしく感じます」
二人で思い出話に花を咲かせながら歩いていると門までたどり着く。門番の兵士に軽く挨拶をして城門をくぐれば、そこには昼間の喧騒とはまた違う、落ち着いた夜の装いを見せる王都の街並みが広がっている。
家々の窓からは生活の灯りが漏れ、どこからか夕食の準備をしている美味しそうな匂いが漂ってきた。
「……ようやく、帰ってきたな」
慣れ親しんだ道を曲がり、俺たちの家へと続く敷地に入る。
扉を開けると、そこには明るい光と共に出迎えてくれる人影があった。
「あ、ユズルさん! ミリアさんもルカさんも……あっ、おかえりなさいっ」
セレナが元気よく駆け寄ってくる。ルカの事に気がついたのか、途中から声を小さくしてお帰りの挨拶をしてくれた。
その奥からは、エプロン姿のリースも柔らかな笑みを浮かべて顔を出し、大きく手を振っていた。
「ちょうどよかった、今ご飯ができたところですよ。準備は万端ですので、冷めないうちに食卓へ行きましょう?」
「ああ、助かるよ。実は道中でサンドイッチを食べたんだけど……お腹はもう準備万端だ」
「ふふ、さすがユズルさんですね」
ルカをふかふかなベッドの上に優しく寝かせ、一言「おやすみ」と声をかけてルカの部屋をこっそりと出る。
食堂へ行き、いつもの席に座り夕食を頂いてると、リースからカルディアの調べ物どうでしたか? と質問をされた。
「そうだな。ちょっと重たい話になるんだが、結論から言うと同郷の人……日本人は別にこの世界に来ていたことが分かったんだ」
そういうと、リースとセレナが目を丸くして驚く。
「え、もしかしてお会いすることが出来た……とか?」
「いや、残念ながら会うことは出来なかったんだ。その人はくるみさんという方なんだが、くるみさんは日本時間でいうと90年くらい前にこちらの世界に来たらしいんだ。時間の流れがわからないからこちらの世界で何年前か というのは分からなかったけどな」
気が付くとリースとセレナの食事をする手が止まっている。
ミリアが「村長さんもこの事知らなかったって言ってたから、こっちの世界だともっと時間経ってそうですね」と補足してくれた。
「それで、聖女……つまり誰かを守る、癒す。そういった力に長けた力を持った人としてくるみさんはこちらの世界に来たそうなんだが、彼女がカルディアで活動している時にスタンピードという魔物の群れに襲われてカルディアが壊滅したことがあったらしい。それで、聖女の力を使ってカルディアに魔物が永久的に寄ってこないように、お世話をしてくれたみんなのためにカルディアへ魔物が来ないようにするための結界を貼ったそうなんだが、その結界を貼るには発動者の命を犠牲にしないといけないんだ。つまりもう彼女は……」
そうだ。もう彼女は死んでいる。ミリアの母親のリコさんだけならともかく、最年長の村長バルドさんですら村に魔物が襲いに来た記憶がないと言っていた。例え結界が無かったとしてもそれだけの長い間カルディアが襲われなかったのも不思議だし、そもそもモズ遺跡に日本語で注意書きが書かれていた。
つまりくるみさんは結界を発動していようがしていまいが、カルディアから遠く離れたモズ遺跡まで行ったことは確実なのだ。
「まぁそういうことで、俺のスキルの天界の扉については何も分からなかったけど、カルディアでなぜ今まで魔物が襲われなかったかというのはくるみさんの犠牲があったからこそ守られていたっていうことが知れたんだ。だから明日、日本の風習に習って『献花』をしにいこうと思う。献花というのは、亡くなった人の魂が安らかであるように、そしてその人が遺してくれたものを決して忘れないようにって、ゆかりのある場所にお花を供えるんだよ」
俺の言葉を聞き、リースとセレナは神妙な面持ちで何度も頷いた。
「素敵な風習ですね……。祈りを捧げるだけでなく、お花を贈ることでその方への敬意を表すのですね」
「はい。くるみさんというお一人の少女が守ってくれたからこそ、今のカルディアがある……。そう考えると、私たちもお礼を言いに行かなければいけない気がします」
セレナの言葉に、俺は少しだけ救われたような気がした。
「お墓参りも似たようなものだ。そこを綺麗に掃除して、お花を飾って『今の俺たちは元気にやってるよ』って近況を報告したり、感謝を伝えたりするんだ。そうすることで亡くなった人も寂しい思いをしないですむ……俺たちはそう信じているんだよ」
「……くるみさんも、きっと喜んでくれますね。同じ日本から来たユズルさんが40年近い時を超えて自分を見つけてくれたんですから」
ミリアが優しく微笑みながら補足してくれる。
俺は頷き、明日持っていく花について相談することにした。
「それでさっきミリアとも話していたんだが、王都にあるお花屋さんで『棘紅薔薇』を買っていこうと思うんだ。日本では薔薇は愛する人へ贈る特別な花なんだけど、カルディアを愛して守り抜いた彼女にはそれが一番ふさわしいと思ってな」
「棘紅薔薇、いいと思います! あのお花はとても情熱的で、それでいて気高いですから。……明日の朝、私も一緒にお花屋さんへ行ってもいいですか? くるみさんに、一番綺麗なものを選んであげたいんです」
リースが真っ直ぐな瞳で俺を見つめてきた。その隣で、セレナも「私も行きます!」と元気に手を挙げる。
「もちろんみんなで行こう。……きっとくるみさんも自分を想ってくれる人がこんなにたくさんいると知ったら驚くんじゃないかな」
俺は温かなスープを一口飲み、その優しさを噛み締めた。
1935年という遠い過去からやってきて、独りぼっちでカルディアのために命を懸けた少女。彼女が遺した思いを胸に、明日は最高の『ありがとう』を届けに行こう。
その日の夜、俺は窓の外に広がる王都の星空を見上げながら、少しだけ昂る気持ちを落ち着かせて深い眠りについた。
◇ ◇ ◇
翌朝。眩しい朝日が窓から差し込む中、俺はまだベッドで丸まって寝ていたルカの元へ向かった。
「……んぅ、ユズル君? おはよう」
眠たそうに目をこすりながら、ルカがむくりと起き上がる。耳が力なく垂れているのがおかしくて、俺は苦笑しながら今日の予定を伝えた。
「おはよう、ルカ。今日はこれからみんなでお花を買いに行って、それからモズ遺跡へくるみさんの献花をしに行こうと思ってるんだ。準備ができたら下に来てくれ」
「献花だね。……うん、分かったよ。昨日聞いた彼女の話、ボクもちゃんとお礼を言いたいからね。すぐ準備するよ」
ルカがシーツから這い出してくるのを見届け、俺はリビングへと向かう。
リビングにはすでに外出の準備を整えたリース、ミリア、セレナの三人が揃っていた。ルカも階段をトトトッと足軽に降りてきて、俺たちは朝食を済ませるとノアも一緒に行くか確認するため、まずは王都の中心部に位置するアルベルト商会へと向かった。
活気に満ちた商会の扉を抜け、俺たちは受付へと歩み寄る。
「お忙しいところ失礼いたします。ノアさんとの面会をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
リースが凛とした表情で受付の者に説明した。受付の女性は申し訳なさそうに頭を下げる。
「これはリースお嬢様。……あいにくですが、ノア様は現在、急ぎの調査案件で外出しております。戻りは夕方頃になる予定ですが、いかがいたしましょうか?」
「そうですか……。いえ、大丈夫です。また後で伺いますので、戻られましたら私たちが訪ねてきたことだけお伝えください」
残念ながらノアは不在だった。俺たちは顔を見合わせ、報告は夕方以降にすることとして、そのまま花屋へと向かった。
店先に色とりどりの花が並ぶ中、俺たちは迷わず昨日話題に上がった『棘紅薔薇』の元へ歩み寄る。
「ユズルさん、これなんてどうでしょう? 蕾もふっくらしていて、とても綺麗です」
「ああ、いいな。それをお願いしよう」
俺は店員に声をかけ、昨日心に決めていた数――24本の棘紅薔薇を購入した。
「24本の薔薇……。『一日中、あなたのことを想っています』でしたね」
ミリアが少し照れくさそうに、でもどこか誇らしげに呟く。
ずっしりと重みのある、それでいて素敵な香りを放つ花束を大切に抱え、俺たちはくるみさんの眠るモズ遺跡へと続く北門を目指した。
読了いただきありがとうございます。
本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
詳しい投稿日時については活動報告書を参照ください。
投稿時間については全編一括18時半となります




