64 久しぶりの和食
7月から火曜と金曜の週2投稿へと変更されます。
詳しくは活動報告書をご確認下さい
「……さん。ユズルさん」
ミリアの声にはっとさせられ、顔を上げる。その瞬間、視界が酷く滲んでいることに気がつき、俺は自分が泣いていることをそこで自覚した。
「ご、ごめん。悪いな。歳のせいか、最近どうも涙もろいようだ」
俺は照れ隠しにそう言って誤魔化しながら、急いで目元を拭った。
「……どんなお話だったんだい?」
気遣うようなルカの問いかけに、俺は一つ息を吐いてから日記に書かれていたことをかいつまんで説明した。
異世界から来た一人の少女がこの村で聖女として暮らしていたことや、魔物の襲撃からカルディアの村とみんなを守るために己の命と引き換えに強力な結界を張ったこと。
ただし、遺跡の扉を開けるための呪文については伏せておいた。
「ちなみに、その呪文って……?」
ミリアが不思議そうに尋ねてくる。
「日本には『オープンセサミ』という言葉が古くから使われていてね。そのオープンセサミという言葉を、さらに日本人に馴染みのある言い方にしたものを言うと開くそうだ。勿論俺も分かるが、胸の内にしまっておくよ」
俺の言葉を聞き、ミリアは少し俯いてポツリと呟いた。
「そういえば、お母さんから言われてたんです。この村って、一度も魔物に襲われたことがないって……。くるみさんが命を張って守ってくれてたんですね……」
その事実に、場の空気がしんみりと静まり返った。あの時、カルディアで泊まった時にリコさんの言った「一度も村を襲われたことがない」という言葉。全ての点が線となり深く納得する。
村長のバルドさんも、深く頷きながら目を閉じる。
「わしの記憶にある中でも、確かにこの村が襲われたことは一度もないな……。この本は本当に大切なものじゃな。しっかり保管しておこう」
(前に来た時、和食が食べられたのもくるみさんのおかげだったのか。本当にありがとう)
心の中で、遠い時代を生きた同郷の少女に深い感謝を捧げた。
その時だった。
ふわりと、背中から温かいものが覆い被さってきた。ルカが後ろから優しく抱きついてきたのだ。
「ルカ、どうしたんだ?」
「……聞かないで。なんかわからないけどこうしたくなったんだ」
珍しくしおらしいルカの態度に驚いていると、今度は横から「私も!」とミリアが便乗して思い切り抱きついてきた。
「ぐぇ……お、重い重い!」
「え゛っ……!?」
思わずツッコミを入れると、ミリアはガーンとショックを受けたような顔をして身を引いた。
「な、なんで!? 私、そんなに重くないよ!?」
「いや、そうじゃなくて! 二人同時に抱きつかれたら重くなるよ!」
慌てて弁明する俺を見てバルドさんが「ははは、若いって良いねえ」と目を細めて笑った。
そんな和やかな空気の中、背中にくっついたままのルカが、俺の耳元で小さく呟く。
「……黙って遠くに行っちゃ、嫌だからね」
くるみの遺した「優しい嘘」を受けての切実な本音。
その声は確かに聞こえていたけれど、なんだか急に気恥ずかしくなってしまった俺はあえて聞こえなかったふりをして前を向いた。
◇ ◇ ◇
俺たちはバルドさんに深々とお礼を言い、村長宅を後にした。
次に向かったのは、すぐ近くにあるミリアの実家だ。
扉を開けるなり、ミリアが元気よく声を張り上げる。
「おかーさーん、ただいまー!」
急な娘の帰宅に、奥から出てきたリコさんは目を丸くして驚いていた。
「あらあら、ミリア。急にどうしたの? えっと、確かユズルさんと……そちらの方は?」
リコさんの視線がルカに向いたので、村長宅にお邪魔した時と同じように手短に自己紹介をする。
「初めまして、リコさん。ボクはルカ。ユズル君の護衛で同行させてもらってるんだ。よろしくね」
「ご丁寧にどうも。ミリアの母のリコです」
リコさんは穏やかに微笑んで挨拶を返すと、再び不思議そうにミリアを見た。
「それにしても、いきなりどうしたの?」
「ちょっと調べ物があって、カルディアに来たんだよね~」
ミリアがそう言って軽く説明すると、リコさんは「そうだったのね」と納得したように頷いて、ミリアの頭を撫でる。
目を細めながら嬉しそうに顔が蕩けるミリアの顔を見ると、こういうのも悪くないなって思う。
「ねえ、おかーさん。一緒におかーさんとみんなの分のご飯を作りたいんだけど、材料とかってありそう?」
ミリアが尋ねると、リコさんは優しく微笑んだ。
「ええ、それは大丈夫よ。ユズルさんもルカさんも、実家だと思ってゆっくりしてね」
「ありがとうございます」
俺とルカが揃ってお礼を言うと、リコさんとミリアは楽しそうに連れ立って台所へと向かっていった。
居間に残された俺は、ふと部屋の隅の机にメモ用紙とペンが置かれているのを見つけた。
「リコさん、そこのメモ用紙とペン、少し使わせてもらってもいいですか?」
台所に向かって声をかけると、「ええ、使ってもいいわよー」と許可をもらえたので、遠慮なく1枚拝借する。
ペンを手に取り、ミミズのような文字でメッセージを書き込んだ。
『ごちそうさまでした! 沢山食品使っちゃったと思うのでよければつかってください。ユズルより』
書き終えたメモを折りたたみ、俺はアイテムバッグから透明なガラスのコップを取り出した。
ルカが何してるの? と覗いてきたので、こっそりと「文字、これで合ってる?」と聞くと「キミも中々粋なことするじゃないか。ちょっと読みづらいけど、ちゃんと読めるから大丈夫」と太鼓判をもらった。
本当に文字の練習しておいてよかった……
取り出したコップの中に、メモ用紙と一緒に金貨1枚をそっと忍ばせる。
台所からは二人の楽しげな話し声と、トントンと小気味よい包丁の音が聞こえてくる。リコさんがこちらを見ていない隙を狙って、俺はそのコップを奥の机の端へ目立たないようにそっと置きに行き、俺とルカはのんびりと食事が出来上がるのを待ち続けた。
暫く時間が経ち、厨房の方からは味噌汁の香りと釜で炊いたお米の甘い香りが漂ってきた。
コトコトと釜の蓋が揺れ、湯気が立ち上ってきた頃。ミリアから「ユズルさーん、ルカさーん。もうご飯できるから席についててね!」と元気な声が聞こえた。
机の上には新鮮な野菜をふんだんにつかったサラダと、具沢山のお味噌汁が並ぶ。日本人としてはこの香りがなんともたまらない……
うーん……確か米も味噌も両方くるみさんが関わってるからカルディアの外に持って出ることが出来ないんだよな。本当にもったいない。
そんな事を考えていると、ルカが不思議そうに味噌汁を眺める。
「ねぇ、ユズル君。このスープ? ボク、初めてみるんだけどどんな料理なんだい?」
そうか、カルディア以外に和食は無いからルカも初めて食べるのか。
うーん、どうやって説明しようかな。
「これはお味噌汁といって、大豆を発酵……早い話腐らせて出来た調味料を使った料理なんだ。とはいっても体にいい成分が沢山入ってて……まぁアレだ。ルカ、パンよく食べるだろ? パンも発酵 つまり腐らせる成分を含んでる食品でさ。体にいい成分になる腐らせかたをしたものが発酵、体に悪い成分になる腐らせ方をするのが腐敗 と呼ぶんだ。香りを嗅いでみたら分かると思うけど、美味しそうな匂いするだろ?」
「腐らせた!?」と言いながら耳と尻尾を立てて驚いたルカだったが、味噌汁の注がれた器に鼻を近づけると、目を細めながら視線を下から上に上げる。
「うん、これ、本能が『美味しい』って言ってるよ! あ、それじゃぁこの甘い匂いは!?」
「これはお米といった食べ物で、普段はみんなパンを食べてるけど、そのパンに変わる主食の一つなんだ。もちもちとした不思議な食感がするから、初めて食べるルカからしたら楽しい経験になるだろうな」
「それは楽しみだね!」と和食について理解したルカが大人しく席に座ると同時に、器に装われたお米が到着する。
まるで子供のような目をしたルカが「ねぇ、すごく綺麗だよ! 白く光ってる!! 雪みたい!」と、装われたご飯を見て尻尾をブンブンと振り回す。料理にホコリが入るといけないから俺はルカに優しく注意しよう……
「料理にホコリが入っちゃったらだめだから大人しくしような。 あ、リコさん。ルカは多分お箸使えないと思うのでフォークもお願いしていいですか?」
「はーい」と言いながら、ルカの分のフォークも用意してくれた。
そうして全員で席に座る。
「それじゃぁ、食べましょうか。いただきます!」
「「「いただきます!」」」
リコさんの号令を復唱するように、みんなで食事の挨拶をする。
「お米も味噌汁も熱いから食べる時は気をつけて食べるんだぞ」と一言言って、俺も久しぶりの和食を口に運んだ。
……最高だ。やはり日本人としては和食は定期的に食べたくなるな。
噛めば噛むほど甘みの出る白米、水晶大根と人参のようなものが入ったお味噌汁の旨味がガツンと脳を刺激してくる。
くっそぉ……家まで持ち帰りたいっ!!
「な、なんだいこれは!? とても言葉に出来ないけど、このおみそしる? っていうの凄く美味しいよ!! お米っていうのも、最初はちょっとねばっとしててびっくりしたけど、凄く美味しい!」
初めて食べる和食に舌鼓を打つルカを見て、リコさんも「まだまだおかわりはいっぱいあるから、おかわり欲しかったらいってちょうだいね」と我が子に話しかけるように言い聞かせた。
読了いただきありがとうございます。
本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
詳しい投稿日時については活動報告書を参照ください。
投稿時間については全編一括18時半となります




