61 思わぬ再会
王都の北門を抜け、人の目が届かない街道沿いの開けた場所までやってきた俺は周囲に誰もいないことを確認してからトラックを召喚した。
何もない空間から突如として姿を現した鉄の箱を見上げ、ノアは目を丸くして感嘆の声を漏らす。
「相変わらずデカいっすねー。近くで見るとすごい迫力っす」
「ああ、でもこのままだと4人乗るには少し手狭だからちょっとトラックを大きくするぞー。ノアも少し離れててくれよ」
「大きくする……? す? どういうことっすか?」
首を傾げて数歩後ずさるノアを横目に、俺はトラックのサイズを1.5倍に拡張する。
――メキッ、メキメキメキッ!
これまで何度か聞いたヤバそうな音が周囲に響き渡り、トラックの車体が一気に大きくなった。
「ひぃっ!? な、なんかやべえ音鳴ってるっすけど本当に大丈夫なんすか!? 乗り物として絶対出てはいけないような音っすよ!?」
目の前で起きたトラックのサイズ拡張と、誰が聞いても危険な音を出すトラックを見てノアはすっかり怯えきってしまった。
「いつものことだ、気にするな。それじゃあ乗るぞ」
「い、いつものことって……」
俺が軽くあしらって運転席のドアを開けると、ミリアとルカも慣れた足取りで助手席側のドアからひらりと乗り込んでいく。
呆然としていたノアも2人に続いて足を掛けたが、拡張されてさらに高くなったトラックの座席の高さに今度は興奮したように目を輝かせた。
「うわーっ! たっか! 見晴らし最高っすね!」
「ノアさん奥の窓際に座っていいよ。でも、走ってるときは危ないから体を外に出さないでね?」
すっかりはしゃいで窓から身を乗り出そうとするノアの服の裾を、ミリアがお姉ちゃんのような手つきで軽く引っ張って注意を促した。
「すー! わかったっす!」
ノアが元気よく返事をして大人しく座席に収まったのを確認し、俺はエンジンをかける準備に入った。
「ちょっと大きい音が鳴るけど気にするなよー」
そう前置きをしてからエンジンを入れる。
――キュルルルッ、ヴォンッ!!
腹の底に響くような重低音が轟き、車体全体が小刻みな振動に包まれた。
初めて聞くであろうその爆音にノアが再び肩をビクッと跳ねさせたが、ルカは心地よさそうに目を細めてシートに深く腰掛けた。
「ふふっ、ボクはこの音なんか好きなんだよねぇ」
「わかります! すっごくワクワクするというか、いよいよ冒険が始まる! って感じがして私も大好きです!」
ミリアも同意するように弾んだ声で言い、窓の外の景色へと期待に満ちた視線を向ける。
得体の知れない乗り物に対する恐怖よりも、二人の心からの楽しそうな雰囲気が伝染したのか目をキラキラと輝かせた。
「なんかわからないっすけど……すっごくドキドキしてる自分がいるっす!」
「ははっ、そのうち慣れるさ。それじゃあノア、道案内頼むぜ!」
「すー!!」
俺はギアを入れ、力強いエンジン音と共に未知の遺跡が待つ北の街道へと巨大なトラックを発進させた。
◇ ◇ ◇
巨大なトラックが北の街道を進む。
助手席に座るミリアとルカはすっかりこの乗り心地に慣れた様子だが、初めてトラックに乗ったノアは窓の外を飛ぶように過ぎ去る景色と、全く揺れない車内に終始目を丸くしていた。
「いやー、なんというか、マジで信じられない乗り物っすね。馬車とは比べ物にならないくらい早くて快適っす」
「だろ? で、そろそろノアが言ってたポイントに近づいてるはずなんだが、どこだ?」
「あ、ここっす! この先の右手にちょっとした獣道があるんで、そこで停まってほしいっす」
ノアの指示通りにトラックを減速させ、街道の脇に生い茂る木々の合間にある細い獣道の入り口で停車した。
「ここからは道が狭すぎるんで、さすがのそのデカい鉄の塊じゃ無理っすね」
「分かった。全員降りてくれ」
皆がトラックから降りたのを確認し、俺は周囲の安全に気を配りながら愛車を虚空へと送還した。
森の中に入るのはなにげに初めてだ。気を引き締めていこう……。
そう決心し、俺は剣を腰に装着する。
「ふーむ、なるほど。しかし随分と入り組んだ場所を知ってるんだねぇ、ノア君。よくこういう所に来てたのかい?」
ルカが獣道の奥を覗き込みながら、ノアに問いかける。
「まー、冒険者をメインでやってた時は討伐依頼なんかでよくこういう森の奥深くに入り込んでたっすからね。今はディッツかいちょーの下で諜報員やってるっすけど、腕はなまってないと思うっすよ」
そう言った直後、ノアの雰囲気が一変した。
おちゃらけた空気が消え失せ、鋭い気配を放ったかと思うと彼女は懐から1本のクナイを取り出した。そして、目視すら困難なほどの速さで獣道の奥の茂みへ向けて無造作にそれを放つ。
――シュッ!
「えっ!?」
突然のノアの行動に、ミリアが驚きの声を上げる。
「とりあえず見に行くっすよ~」
ノアの先導により皆でクナイを投げた方向に数メートルほど進むと、そこには額のど真ん中にクナイが深々と突き刺さったレッドウルフが絶命して倒れていた。
「……すげぇな、全く気配に気づかなかったぞ」
「流石はBランク冒険者だね。見事な手際だよ」
「うわぁ……本当に一瞬でしたね。ノアさんすごいです!」
俺とルカ、そしてミリアの三人が揃って感嘆の声を漏らし、目の前で起きた早業を純粋に褒め称える。
すると、先ほどまでの鋭い気配はどこへやら、ノアは頬を緩ませて照れくさそうに頭を掻いた。
「えへへっ、こんなかんじっすね。まー自分にかかればこの程度は朝飯前っすよ! まぁどうしてもっていうんならもっとノアちゃんのこと褒めてくれてもいいっすよ?」
ノアが「んふ~♪」と鼻息出しながらデレデレする。さっきまでの凄みは完全に消え去り、嬉しそうに笑うノアの姿に俺たちは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
◇ ◇ ◇
レッドウルフの死骸を片付け、俺たちは再び遺跡の方へと足を進める。
木々を掻き分けながら歩く中、先頭を歩くノアがふと振り返り後ろを歩くルカに話しかけた。
「そういえば、ルカちゃんはユズル君の奴隷だって聞いたっすけど……ユズル君に変なことされてないっすか?」
直球すぎるノアの質問に、俺は思わず躓きそうになった。しかし、当のルカはケロッとした顔で笑って答える。
「飯も食べさせてもらってるし毎日が楽しいから、最高の御主人様だよ! 特にボクと彼は同じベッド……いや、なんでもない! 今の忘れて!」
「なっ、同じベッド……!? 気になるっす! 続きを教えてほしいっす!」
ノアが目を輝かせてルカに詰め寄る。変な誤解が広まる前に、俺は慌てて二人の会話に割って入った。
「おい! 俺とお前で同じベッドで寝たことなんて無いだろ!」
「あははっ、冗談だよ。綺麗なベッドを見かけるとついついダイブして『ぼふんっ』てしたくなる仲間なんだよね」
ルカは自分の秘密を誤魔化そうとしたのだろうが、その流れ弾で見事に俺の秘密まで間接的に暴露されてしまった。
「へぇー。ユズル君、意外と可愛い所あるっすね」
ニヤニヤとからかうようにこちらを見つめてくるノア。
さらに、背後からはミリアの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「あははははっ!」
ミリアは俺が宿屋でベッドにダイブしている姿を実際に知っているため、その笑いには確かな実感がこもっていた。
(てかなんで俺がベッドに『ぼふんっ』する人間だって知ってるんだ……)
俺は深くため息をつきながら、苦笑いを浮かべるしかなかった。
和やかな空気が流れる中、ふと先ほどのルカの言葉で引っかかっていた疑問が頭をもたげた。俺は前を歩くノアと、隣のミリアに向かって口を開く。
「そういえば、奴隷で思い出したんだが……奴隷っていう制度があるのに、なんとかの誓約書……名前は忘れたけど、それと何か違いがあるのか? あれがあればわざわざ奴隷なんていらない気がするんだが」
俺の素朴な疑問に、ミリアがポンと手を叩いて答えてくれた。
「あ、神の誓約書のことかな? 約束を破ると声が出なくなるとか、なんか重たいペナルティが出るアレのことだね。それと奴隷には明確に違いがあって、奴隷はご主人様に命令されたことは絶対に拒否できないんだよ。けど誓約書は、ペナルティを受ける覚悟さえあれば拒否できるんだよね」
「そうっすね。なので、誓約書は奴隷の下位互換だと思うといいっす」
ミリアの解説にノアが端的に補足を加える。
「なるほど……」
俺は二人の分かりやすい説明を聞き、この世界における奴隷制度と誓約書の絶対的な違いについて深く納得したのだった。
◇ ◇ ◇
そのまま獣道をさらに奥へと進んでいくと、風化した石造りの残骸のようなものが姿を現した。
「あれがモズ遺跡っす」
ノアが前方を指さし、そのまま迷いのない足取りでぽっかりと口を開けた入り口の方へと進んでいく。
「罠とかは無いと思うっすけど、念の為気をつけてほしいっす」
そう注意を促すと、ノアは手慣れた動作で松明を取り出して火を灯した。ゆらゆらと揺れる炎の明かりを先頭に、俺たちは連れ立って薄暗い遺跡の中へと足を踏み入れる。
内部はひんやりとした静寂に包まれていた。特にモンスターが潜んでいる気配もなく、警戒していた罠が発動することもない。俺たちはただただ続く一本道を周囲に気を配りながら進んだ。
しばらく歩くと、急に視界が広がり、少しだけ開けた空間に出る。
「あそこにあるのが昨日言った扉っす。あの扉の周辺に読めない文字が書かれてるっす」
ノアが松明を高く掲げると、空間の最奥に鎮座する重厚な石の扉がぼんやりと浮かび上がる。
彼女の言葉に促され、俺たちは揃ってその謎めいた扉へと近づく。
松明の明かりに照らし出された石の扉。その表面には、ノアの言う通り確かに文字が刻み込まれていた。
ルカとミリアが顔を近づけて目を細めるがすぐに二人ともお手上げといった様子で首を横に振る。
「うーん、全然読めないね。古代文字の類かな?」
「私にもさっぱりだよ。魔導書とかに書いてある文字とも全然違うし……」
二人が不思議そうに首を傾げる中、俺はその文字列からどうしても目を離すことができなかった。
読めない? 違う。
俺には読める。痛いほどに、はっきりと読めるのだ。
それはあまりにも見慣れた形をしていた。
何千回、何万回、いや、大袈裟ではなく何億回と目に焼き付けてきた文字だ。
物心ついた時から息をするのと同じくらい当たり前に傍にあったもの。もう二度と、一生目にすることはないと心のどこかで諦めていた形――。
「……ッ」
視界が不意に歪み、ポタッと冷たい石畳に水滴が一滴落ちた。
自分が無意識に涙を流していることに気づいたのは、三人がギョッとして俺の顔を覗き込んできたからだ。
「ユ、ユズルさん!? どうしたんすか、いきなり泣き出して……!」
「ユズル君? 大丈夫かい? 何か呪いでも受けた!?」
「ユズルさん、しっかりして!」
慌てふためき、本気で心配してくれるノアたちを手で制しながら、俺は乱れた呼吸を整え、目元を乱暴に拭った。
「悪いな、これはちょっと……」
言葉を濁し、再び扉に刻まれたその文字を真っ直ぐに見据える。
心の奥底から込み上げる激しい気持ちと、なぜこんな異世界の遺跡にこれが存在するのかという底知れぬ謎。
極限まで高鳴る心臓を必死に押さえつけながら俺は静かに呟いた。
「これは――日本語だ」
読了いただきありがとうございます。
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