60 幸せの余韻と冒険の予感
その日の夜。
俺たちは自宅のダイニングテーブルを囲み、賑やかな夕食の時間を過ごしていた。
「あれ? リース様、その右手の指輪どうしたんですか? すっごく綺麗ですね!」
向かいの席で料理を頬張っていたミリアが、目を丸くしてリースの手元を指さした。
「ふふっ。実は今日……ユズルさんからプレゼントしていただいたんです!」
リースは隠す素振りも見せず、頬を真っ赤に染めながら嬉しそうに右手の中指をミリアに見せつけた。完全にデレデレな表情だ。
「ええっ!? ユ、ユズルさんから!?」
「へえ……?」
ミリアが驚きの声を上げる中、隣で食事をしていたルカが、ニヤニヤとした人の悪い笑みを浮かべて俺の方を見た。
「ちょっとユズル君、キミの手も見せてよ」
「え? あ、いや……」
ルカに促され、誤魔化しきれずに俺が右手をテーブルの上に出すと中指にはめられた銀色のリングがランプの光を反射してキラリと光った。
「「お揃い!!??」」
ミリアとルカの2人が、バンッと立ち上がって大はしゃぎし始めた。
「やるじゃんユズルさん! そういうことなら早く言ってよ!」
「いやあキミも意外と隅に置けないねぇ」
「お、落ち着け! これは日頃いろいろと手伝ってもらってるお礼だ! 別に深い意味とかそういうのは一切ないからな!」
俺は必死に弁解したが2人のテンションは上がる一方で、リースの嬉しそうなオーラも相まって場の空気はすっかりお祭り騒ぎになってしまった。
「ホコリが料理に入っちゃうからみんな暴れないでー!!」と必死に止めに入るセレナさんのお陰で、少しずつ場の空気が収まってくる。
「そういえば今日、アルベルト商会に行ってちょっと調べ物をしてきたんだ。今朝言った天界の扉についてなんだが、ノアに知ってることが無いかって気になってな」
これ以上いじられる前に、俺は強引に昼間の出来事へと話題を切り替えた。
「……そういえばずっと気になってたんだけど、ユズルさんの探してる『天界の扉』ってなんですか?」
少し落ち着きを取り戻したミリアが首を傾げて尋ねてくる。
「スキルボード……えっと、前に言った俺が新しい能力を手に入れるためのスキルだな。そこに新しく天界の扉っていう項目が追加されててさ。能力の確認をしようと思っても詳しいことは特に書いて無くて……この世界にそのスキルの情報や文献がないか調べてたんだ」
「なるほど、そういうことだったんだね」
「それで色々あってノアが明日休みを取れることになったから、明日の11時に北門で待ち合わせしてモズ遺跡まで案内してもらうことになったんだ。ただ、道中や遺跡の中は魔物が出てくる可能性が高いから……もし暇な人がいたら一緒に来てくれないか?」
俺がそう頼むと、ミリアはドンッと自分の胸を叩いた。
「もちろん行くよ! 私の冒険者としての出番だね!」
「ボクも特に予定はないから付き合うよ。ノア君も一緒なら道中も面白そうだしね」
ルカも軽口を叩きながら快諾してくれた。
これで明日の探索メンバーは、俺、ミリア、ルカ、そして案内役のノアの4人に決まった。
「明日の集合、11時でしたよね? それならお昼をまたぎますし、4人分のお弁当を作っておきますね!」
キッチンの片付けをしていたセレナさんが、顔を出して元気よく提案してくれた。
「おお、それは助かる! ありがとう、セレナさん」
「いえいえ! 勿論リース様にも手伝ってもらって、美味しいのを作りますからね!」
「はいっ、お任せください!」
◇ ◇ ◇
その日の夜。
自室に戻り、寝間着に着替えてベッドに潜り込んだ私はランプの淡い光の下で自分の右手を見つめていました。
中指にはめられたユズルさんとお揃いの銀色の指輪。
この指輪を見ているとどうしようもなく顔がにやけてしまいます。
「えへへ……ユズルさんと、ペアリング……っ」
ダメです、思い出しただけで嬉しくてじっとしていられません!
無意識のうちに私の足はバタバタと上下に動いてしまいます。んぁぁあああ!!! ペアリン――
――ぼふんっ。
「ふぎゃっ」
私が暴れた振動で枕元に座らせていた特大の犬のぬいぐるみが倒れて、私の顔を見事に覆い隠しました。
この子は以前ユズルさんがプレゼントしてくれた大切な宝物です 。頭を撫で、ふわふわ毛並みをぎゅっと抱きしめる。
(ルカさんの言う通り……勇気を出して少しだけお出かけに誘ってみて本当によかったです)
ふと、以前ルカさんに背中を押してもらった時の言葉が脳裏に蘇ります。
あの日、ルカさんに言われた……『デートに誘ってみたら?』っていうあの一言。あの時は恥ずかしくて飛び跳ねて否定しちゃいましたけど……でも、ルカさんのアドバイスは間違っていませんでした。自分から踏み出したからこそ、こうしてユズルさんとの新しい思い出と特別な宝物をもらうことができたんですから。
「明日はユズルさんたちのために、お弁当作り頑張らなくちゃ」
私は犬のぬいぐるみを抱き寄せたまま、右手の指輪をそっと胸に当てました。
幸せな余韻に包まれながら、私はゆっくりと目を閉じて、深い眠りに……
◇ ◇ ◇
翌朝。
賑やかだった朝食の時間が終わり、出発の準備を整えてリビングのソファでのんびりとくつろいでいるとエプロン姿のリースが近づいてきた。その手には可愛らしい布に包まれた大きなバスケットが大事そうに抱えられている。
「ユズルさん、お待たせいたしました。皆さんのお昼のお弁当です!」
「おお、ありがとう! すごくいい匂いがするな。二人とも朝早くから助かったよ」
俺がバスケットを受け取ると、リースは嬉しそうに笑顔を見せた。
「そろそろ時間だな。行こうか、ルカ、ミリア」
「うんっ! 準備万端だよ!」
「ボクもいつでもいけるよ。それじゃあ張り切って行こうか」
元気よく立ち上がったミリアと、愛用の短剣の調子を確かめながらルカが軽口とともに応じる。
玄関まで見送りに来てくれたリースとセレナさんに向けて、俺たちは3人で声を揃えた。
「「「行ってきます!」」」
「はいっ、お気をつけて!」「いってらっしゃいませ!」
◇ ◇ ◇
活気にあふれる王都の大通りを抜け、約束の11時少し前に待ち合わせ場所である王都の北門へと到着した。
行き交う商人や冒険者たちで混雑する巨大な門の近くで、人混みの中でもひときわ目立つ白い髪の少女が立っているのが見えた。
「おーい、ノア!」
「すー! ユズル君たち、おはようっす。時間ぴったりっすね」
俺の声に気づいたノアはひらひらと軽く手を振って合流した。今日の彼女は商会のカチッとした制服ではなく、動きやすさを重視した身軽な装いだ。腰回りには小さなポーチがいくつも備え付けられている。
「それで、目的のモズ遺跡まではここからどれくらいかかるんだ?」
「えっとっすねー。ここから街道をずっと北に向かって、馬車でだいたい3時間くらいっすかね。そこそこ距離があるんで、日が暮れる前にパパッと調べて戻ってくるスケジュールになるっすよ」
「馬車で3時間なら、多分15分か20分くらいで到着しそうだな。よし、時間ももったいないし一旦門の外に出るぞ」
「えっ? ちょっと待つっす!」
俺の言葉を聞いた途端、ノアが慌てたように両手をバタバタと振って立ち止まった。
「歩いて行くのは嫌っすよ!? いくらなんでも3時間の道のりを20分って……ブースト魔法を使って走り続ければ確かに早く着くかもしれないっすけど、遺跡に着く前にノアちゃんが過労で倒れちゃうっす!」
どうやら、俺たちが自らの足で街道を走るのだと勘違いしたらしい。俺は苦笑しながら首を横に振った。
「いや、走って行くわけじゃない。前に見せたことあるだろう。俺のトラックに乗っていくんだ。馬車で3時間かかる道のりでも20分くらいで着くはずだ」
「……あのでっけぇ鉄の箱っすか? いやいやいや、あれ本当に動くんすか? っていうか、馬車の何倍も速いって……馬も引いてないのにどうやって進むんすか……」
ノアは信じられないというように疑心暗鬼の目を向けてくる。得体の知れない未知の乗り物に対する人間の当然の反応だ。
そんな彼女を見て、すでにトラックの異常な快適さと速度を経験しているミリアとルカが、顔を見合わせてニヤニヤと笑い始めた。
「ふふんっ、ノアちゃん、後でびっくりするよー?」
「そうだね。キミのその疑ってる顔が、数分後にどう変わるか見ものだねぇ」
「な、なんなんすかその余裕は……」
ノアは未だに納得のいかない様子でぶつぶつと文句を言っていたが、やがて諦めたように大きくため息をつき、渋々といった足取りで俺たちの後ろについて王都の門をくぐり抜けていく。
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