59 守る者、守られる者
光の玉は俺たちの数歩先をふわりふわりと飛びながら廊下を進み、やがて突き当たりにあるひとつの木製ドアの前でピタリと止まった。
役目を終えたかのように、光がスッと空気に溶けて消える。
「ここみたいだな」
小さく息を吐き、コンコンとドアをノックして中へと足を踏み入れた。
「失礼するよ、ノア」
「……あれ? ユズル君にリースちゃんじゃないっすか」
部屋の中は、大商会の幹部クラスが使うにはあまりにも殺風景でがらんとしていた。壁際にも時計が掛けてあるだけで、ただ中央に置かれた大きな机の上だけが大量の書類の山で無造作に散らかっている。
その書類の山から顔を出したノアが、目を丸くしてこちらを見ていた。
「ノアちゃんを訪ねてくるなんて珍しいっすね。かいちょーの使いっすか?」
「いや、ディッツさんからじゃないんだ。実はちょっとした情報を探しててな」
「すー? 自分に探してほしい情報っすか?」
首を傾げるノアの前に立ち、俺は単刀直入に用件を切り出した。
「『天界の扉』っていうスキルについての文献か、何か知っている人がいないか探しているんだ」
「天界の扉……っすか? うーん、聞いたことないっすねぇ」
「そうか……。アルベルト家の人たちも誰も知らなかったし、そもそもこの世界には『天界の扉』なんて存在していないのかもしれないな」
ここでも空振りか。
もしかすると女神が与えたスキルの名前というだけで、この異世界には伝承すら残っていない概念なのかもしれない。俺が諦め半分でそうぼやいた、その時だった。
「……待つっす」
ノアが真剣な表情になり、ポンッと小さく手を打った。
「1個だけ思い出したことがあるんすけど、昔自分が調査で行った遺跡に謎の文字が描かれた開かずの扉があったんすよ。『天界の扉』と何か関係あるかわからないっすけど」
「遺跡に謎の文字と扉……?」
思わぬ情報に俺が驚いていると、隣で話を聞いていたリースがハッとしたように口を開いた。
「もしかして、何年か前に『モズ遺跡で謎の文字が発見された』と報道されていたものでしょうか?」
「それっす」
ノアは積まれた書類の上に肘をつきながら、コクリと頷いた。
「今も学者たちが文字の解読をしてるそうなんすけど結局分からずじまいで。恐らくその扉を開ける方法が書かれてると思うんすけど、何にも分からなかったんすよねー」
「なるほど……」
他に『天界の扉』に関するヒントは全く見つかっていない。今の俺にとって、それは唯一とも言える手がかりだった。
俺は藁にもすがる思いでノアに頼み込んだ。
「ノア、頼む。その遺跡までの案内に同行してくれないか?」
「んー……」
ノアは少しだけ考える素振りを見せた後、悪戯っぽく笑って親指を立てた。
「エールと焼き鳥で手を打つっすよ!」
「助かるよ、ありがとう」
「ただ……最近商会が少し忙しいんすよね。次に休みが取れるのがそこそこ後になりそうっす」
ノアが少し申し訳なさそうに眉を下げた、ちょうどその時だった。
ガチャリと背後のドアが開く。
「ノア、次の仕事で必要な書類を渡し忘れて……おや? ユズル君とリースじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」
驚いた顔で入ってきたのはディッツさんだった。
「お父様、ごきげんよう」
「ああ、リース。今日も可愛いね。……それで、ノア。資料だが――」
ディッツさんが娘へのデレデレとした笑顔から一転、真面目な顔に戻って書類を差し出す。
それを受け取りながら、ノアが軽い調子で口を開いた。
「かいちょー、ちょうどよかったっす。ちょっとユズル君とリースちゃんのために一肌脱ぎたいんすけど、近いうちに休みもらえないっすかね?」
「お? ああ、別にいいぞ。というよりノア。お前、普段から全然休みを取らないからそろそろ休み取れって説教しないといけないと思っていたところだ。なんなら明日から一週間休みを入れてもいいくらいだ」
ディッツさんはやれやれといった様子で、呆れたようにため息をついた。
「だって家に帰ってもつまんねーっすもん。働いてるときのほうが楽しいっすよ」
「まったく……。まあ、とりあえず休みだったな。引き継ぎさえしてくれればちゃんと休みは取らせるから、休むならしっかり引き継ぎはしておくんだぞ」
「すっすー♪」
ノアの元気な返事に、ディッツさんは再び小さく肩をすくめる。
そして部屋を出る間際に俺とリースの方を振り返り、優しく微笑みかけた。
「お前たちも、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれよ」
そう言い残すとディッツさんは静かにドアを閉めて部屋を出て行った。
「明日から休みにしてもらうっすから、明日の11時に北門集合でどうすか?」
「わかった。11時な、助かるよ」
俺たちはノアと明日の約束を交わし、その場で解散して商会の外へ出た。
◇ ◇ ◇
「ユズルさん。お屋敷に戻る前に少しお散歩しませんか?」
活気ある大通りに出たところで、リースがふと俺を見上げて提案してきた。
特に急ぎの用事もすぐにやらなければいけないこともない。俺は二つ返事で頷いた。
「いいぞ。どこか行きたいところでもあるのか?」
「はい! ここからならあの喋る猫ちゃんのネコエルの居たお店が近いはずです。あの子に会いに行ってみませんか?」
嬉しそうに微笑むリースだったが、俺は少し言いづらそうに頬を掻いた。
「いや……あのお店、この前通りかかったら更地になってたんだ。だから、今行ってもネコエルは居ないんだ」
「えっ……そう、なんですか……」
リースの表情がみるみるとショックに染まっていく。
あからさまに肩を落として悲しそうにする彼女を見て、俺はどうにかして元気づけられないかと思考を巡らせた。ふと視線を彷徨わせると、少し先に可愛らしい小物が並ぶアクセサリーショップが目に入った。
「リース。あのお店、ちょっと見て行かないか?」
「アクセサリー……ですか? いきましょう!」
まだ少し元気のないリースを連れて俺たちは店の中へと足を踏み入れた。
色とりどりの宝石や装飾品が並ぶ中、ふと俺の目に留まったのは銀色に輝くシンプルなペアリングだった。値札には1万ゼルと書かれている。
説明を読むと、その指輪はただの装飾品ではなかった。
このペアリングは相手の状態を知らせる魔道具のようだ。子の指輪の持ち主の血液や魔力を監視し、子の指輪の持ち主が『危険な状態』になると親の指輪が強い光を放つ。しかもその光が相手のいる場所へと導いてくれるため、一種の救難信号になる優れものだった。
これならリースが万が一危険な目に遭ったりした時でも役に立つだろう。
俺はすぐさま店主に1万ゼルを支払い、そのペアリングを購入した。
「リース、これ。いつも色々手伝ってくれてるお礼だ。受け取ってくれるか?」
店を出た後、俺は小箱を開けて子の指輪をリースに差し出した。
もちろん余計な心配をかけないように、指輪の特殊な効果についてはあえて伏せておく。
「えっ……こ、これって、ユズルさんとの、ペアリング……!?」
純粋な贈り物として受け取ったリースは、先ほどの落ち込みが嘘のようにパッと顔を輝かせ、頬を真っ赤に染めていた。
「サイズが合うかわからないけど……」
俺は小箱から銀色のリングをつまみ上げると、リースの小さな右手をそっと取り、その中指にゆっくりとはめていった。
細い指にするりと通ったリングは、まるで最初から誂えてあったかのようにぴったりと収まった。
「あ……っ」
リースは自分の中指で輝く指輪を胸元に寄せると、大きな瞳にじわりと涙を浮かべた。
「ありがとうございます、ユズルさん……! 私、これ……ずっと、ずっと大事にします!」
「喜んでもらえてよかったよ。俺も……ほら」
俺はもう1つの小箱を開け、自分の右手の中指にも同じ銀色のリングをはめた。手の甲を向けて、リースの目の前で見せてやる。
「これでお揃いだな」
「はいっ……!」
俺の言葉にリースは涙ぐんだまま、今日一番の満面の笑みを咲かせた。
その嬉しそうな顔を見て、俺も自然と口角が上がる。俺はリングをはめた右手を軽く握ってグーの形を作ると、リースの方へと真っ直ぐに突き出した。
リースは一瞬だけ不思議そうな顔をした後、すぐにピンときたように、同じように小さな右手をグーにして突き出してくる。
コツン。
お互いの拳を合わせると、銀色のペアリング同士がカチリと音を立てて触れ合った。
(そういえば、リースとこうしてグータッチをするのは久しぶりだな……)
拳の先から伝わる小さな温もりに、俺はふとそんなことを思いながら愛おしそうに微笑む彼女を見つめ返した。
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