58 情報を求めて
翌朝。俺たちはいつものようにダイニングで朝食のテーブルを囲んでいた。
そういえば天界の扉について知ってる人いるだろうか? 少し聞いてみるのも有りかもしれない。
「なぁ、みんなにちょっと聞きたいんだけど、『天界の扉』っていうスキル聞いたことあるか?」
「天界の扉かぁ。うーん、聞いたことないね」
もぐもぐとパンを頬張りながら、ミリアが首を傾げる。
「ボクも知らないな。遺跡とかダンジョンに関係するものなのかな?」
ルカもスープを飲みながら不思議そうにつぶやいた。
やはりそう簡単には見つからないか。そもそもこの世界に『天界の扉』という概念自体が存在しているのかも怪しい。
俺が「うーん」と小さく吐くと、向かいの席で紅茶を飲んでいたリースがそっとカップを置いて口を開いた。
「ごめんなさいユズルさん、私も初めて聞く言葉です。……ですがお母様の書斎には古い書物がたくさんありますし、もしかしたら何かご存知かもしれません」
「フランさんが? なるほど、確かにあの書斎なら何か手がかりがあるかもしれないな。ありがとう、リース。後で一緒に行ってもいいか?」
「はい、もちろんです!」
リースの提案を受け、俺たちは手早く朝食を済ませた。
◇ ◇ ◇
朝食後、俺はリースと共にアルベルト家の本館へと足を運んだ。
重厚な両開きの玄関ドアをゆっくりと押し開ける。
「――あら」
真っ先に目に飛び込んできたのは、玄関ホールに飾られている立派な置物の甲冑とそれを布で丁寧に磨き上げているレイシアさんだった。
ドアが開いた音に気づき、レイシアさんがピタリと手を止めてこちらを振り返る。
「おはようございます、リースお嬢様、ユズル様。朝早くから本館へいらっしゃるとは、どのようなご用件でしょうか?」
甲冑を磨いていたとは思えないほど整った所作で一礼する。
「おはよう、レイシア。お母様は書斎にいらっしゃる?」
「はい。奥方様でしたら先ほどから書斎にて執務をされております。すぐにご案内いたしますね」
レイシアは磨き用の布をエプロンのポケットにスッとしまい込み、音を立てずに俺たちを書斎へと先導し始めた。
レイシアの案内に従い、本館の奥にある書斎へと足を踏み入れる。
壁一面を覆い尽くすほどの巨大な本棚には数え切れないほどの書物が整然と並べられていた。部屋の中央にある執務机では、フランさんが何やら書類に目を通しているところだった。
「あら、リースちゃんにユズルさんおはよう」
ドアが開いたことに気づいたフランさんが顔を上げて上品な笑顔で出迎えてくれる。
「おはようございます、フランさん」
挨拶を返しながら、ふと違和感を覚えた。
なんだか部屋の中に甘い匂いが漂っている気がするのだ。
それにフランさんの口元を見るとやけにテカテカと光っている。よく見れば、口の端に砂糖菓子のような白い粉までついていた。
(あれは……魔石まんじゅうの砂糖か?)
俺が指摘するより早く、隣にいたリースが「やれやれ」と言わんばかりに小さくため息をついた。
「お母様、魔石まんじゅう美味しかったですか?」
「えっ!? あ、ち、違うのよリースちゃん! これはその……」
「口元、お砂糖がついてテカテカになってますよ」
「〜〜っ!」
図星を突かれたフランさんは、慌てて手元のハンカチで口元を拭った。
「だ、だって……朝食をしっかり食べた直後に甘いものを食べていたら大食いだと思われると恥ずかしいじゃないの……」
普段の商会を仕切る切れ者ぶりからは想像もつかないほど、フランさんはすっかり言葉を小さくして頬を赤らめている。
「ふふっ。お土産で渡したものなので好きな時に食べてください。たまにはこっちが意地悪する番です! それでお母様。今日は少しご相談があってお伺いしました」
リースが微笑ましい表情で本題へと話を切り替える。
フランさんもコホンと小さく咳払いをして、いつもの落ち着いた表情を取り戻した。
「そうね。朝から2人で連れ立って来るなんて、何かあったのかしら?」
「実はフランさんの書斎に『天界の扉』というスキルに関する文献がないか拝見したくて来ました。少し心当たりを探しているんです」
俺がそう説明すると、フランさんは目を丸くして少し考え込むような仕草を見せた。
「天界の扉……? うーん、聞いたことがないわね」
俺の言葉に、フランさんは少しだけ首を傾げた。
「もちろんここで文献を探すのは構わないわ。でもここの本は私も一度はすべて目を通しているから……あまり期待できるものは見つからないかもしれないわ」
「それでも構いません。少しでも手がかりがあればと思いまして」
「そう。それなら……ユズルさんが今立っている場所のすぐ横、その上の段がスキルに関する文献よ。下の段は王都の歴史をまとめたものになっているわ。あるとしたらそのあたりかしら?」
フランさんは立ち上がることなく、執務机から優雅に手で方向を示してくれた。
「ありがとうございます、お母様」
「私はお仕事を続けているから、何かあったら言ってちょうだいね〜」
ふわりと微笑んだ後、フランさんは再び手元の書類へと視線を落として羽ペンを走らせ始めた。
俺とリースは教えられた本棚の前に立ち、手分けして分厚い本を何冊か引っ張り出した。ページをめくり、目次を追い、スキルや歴史に関する記述を片っ端から確認していく。
――しかし。
しばらくしていくつかそれらしき本を読んでみたものの、やはり『天界の扉』という単語はどこにも見当たらなかった。
「……駄目だ、見つからないな。これからどうしようか」
パタンと本を閉じ、思わず独り言のように呟いたその時だった。
「もしかしたら、ノアちゃんなら何か知っているかもしれないわね」
不意にフランさんが顔を上げてそう言った。
「ノア……ですか?」
「ええ。ほら、あの白い髪のすっすーって言う子よ。彼女は優秀な諜報員だから裏の事情も含めて色々な情報を持っているの。ここで古い文献を探すより、彼女に直接聞いてみた方が早いかもしれないわ」
フランさんのアドバイスに、俺とリースは顔を見合わせた。
「……ああ! あの、エールと焼き鳥の人!」
俺がポンと手を打って納得すると、フランさんはおかしそうに笑った。
「ふふっ、エールと焼き鳥って……随分と変わった覚え方をしているのね」
上品な笑い声をこぼしながら、フランさんは手元の書類に視線を戻す。
「ええ、その子よ。彼女なら今は商会の方に顔を出しているはずだから一度尋ねてみるといいわ」
「ありがとうございます、お母様。ユズルさん、早速行ってみましょう!」
フランさんに礼を言い、俺たちは書斎を後にして本館の玄関を抜け、王都グレイスの通りへと出た。
◇ ◇ ◇
よく晴れた青空の下、行き交う人々で賑わう街並みをリースと並んで歩きながらふと気づいたことを口にする。
「そういえば、俺がアルベルト商会の建物に直接行くのってこれが初めてだな」
「言われてみればそうですね。お父様が直接ユズルさんの家にお伺いすることが多かったですから」
リースは嬉しそうに微笑むと、少しだけ誇らしげに胸を張った。
「商会の建物はとても大きいのできっとびっくりしますよ?」
「へえ、それは楽しみだ」
そんなほのぼのとした会話を交わしながら心地よい風が吹く通りを進んでいく。
やがて周囲の建物とは明らかに一線を画す、巨大な建造物が眼前にどっしりと姿を現した。
「おぉ……、本当にでかいな。これがアルベルト商会……」
俺は思わず足を止め、ポカンと口を開けてその外観を見上げた。
「ふふっ。行きましょう、ユズルさん!」
建物の迫力に圧倒されている俺の袖を軽く引き、リースが楽しげな足取りで店の中へと案内してくれた。
広々としたエントランスを抜けると、正面には日用品から珍しい魔道具まで多種多様な商品が陳列された広い売り場が広がっている。そして入ってすぐ左手には高級感のある専用の受付カウンターが設けられていた。
リースが慣れた様子でそのカウンターへと近づいて声を掛けると受付の女性がパッと顔を輝かせる。
「これはリース様、いらっしゃいませ。本日はディッツ様にご面会でしょうか?」
「お父様にも会っていきたいのですが、今日用事があるのはノアさんなのです。ノアさんと面会させていただくことは可能ですか?」
リースの丁寧な問いかけに、受付の女性は「少々お待ちくださいませ」と一礼した。
そしてカウンターの下から魔道具の一種だろうか、手のひらサイズの薄い石板のようなものを取り出し、表面を指でなぞって何かの情報を確認し始める。確か衛兵詰め所に行った時に衛兵が使っていたな。
「はい、確認いたしました。ノア様ですね。現在は面会可能のようですのでどうぞ奥へお入りください」
受付の女性がにこやかに微笑み、一般の売り場とは区切られた『関係者専用入口』へと通してくれた。
扉を抜けて静かな廊下へと足を踏み入れた瞬間、ぽわん、と足元の床から淡い光を放つ小さな玉が浮かび上がった。
「ん? なんだこれ」
光の玉は俺たちの目の前でピタリと止まると、手招きするように廊下の奥へとゆっくり進み始めた。
「これはですね、面会する人が建物のどこに居るのかを示してくれる来客用の案内の魔法なんです」
不思議そうに光る玉を見つめる俺に、リースが優しく教えてくれる。
まるで意志を持っているかのようにふんわりと宙に浮いた光の玉は、俺たちを先導するように廊下の奥へとゆっくり進み始めた。
読了いただきありがとうございます。
本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
詳しい投稿日時については活動報告書を参照ください。
投稿時間については全編一括18時半となります




