57.5 よいこの職場見学後編
和やかな空気が流れる中、リースがふと思い出したように咳払いをして話題を変えた。
「あの、ユズルさん。1つお聞きしてもよろしいでしょうか? その……このトラックは私たちでも動かせたりするのでしょうか?」
「えっ?」
リースの思いがけない質問に、俺は目を丸くした。
「トラックをリースたちが運転するってことか? ……うーん、今まで俺以外の人間が運転席で操作したことないからどうなるかわからんな。でも助手席に乗れるんだからハンドルを握ること自体はできるはずだが……試してみるか?」
「「はい! やってみたいです!」」
リースだけでなく、セレナさんまで目をキラキラさせて元気よく答える。
王都の馬車しか知らない異世界の女の子たちが、俺のトラックを運転してみたいと言い出すとは。
「わかった、それじゃあちょっと広いところに移動して……よし」
俺は一度収納していたトラックを、何もない平らな草原の上へと再び召喚した。
ズンッ、と現れた鉄の塊を前に、リースとセレナさんがゴクリと生唾を飲み込む。
「よし、まずはリース。この運転席に座ってみてくれ」
「はいっ、失礼します!」
俺がガチャリとドアを開けて促すと、リースは少し緊張した面持ちで運転席によじ登った。
だが、シートに深く腰掛けてもらったところで決定的な問題が発覚する。リースの足がペダルに届かないのだ。
「あー、やっぱりか。背もたれに寄りかかると、ギリギリ届かないな」
リースの小さな体格では、アクセルやブレーキをしっかりと踏み込むのは物理的に難しいようだ。
俺は少し考えてから、ポンと手を叩いた。
「それなら一度全員でキャビンに座れるようにしよう」
俺は一旦トラックのサイズを2倍へと一気に拡大した。
横幅がグンと広がったことで、俺たち5人が横一列に並んで座っても十分な広さになった。
俺が運転席に座り、そのすぐ隣の助手席にリース、続いてセレナさん、ミリア、ルカの順に乗り込む。
「うわぁ、中がすごく広くなりました!」
「ふかふかしてて気持ちいい!」
はしゃぐみんなを横目に、俺はエンジンをかけた。
「リース、俺がゆっくり進めるからリースはその丸いハンドルを右や左に回してみてくれ」
「わかりました。やってみます!」
俺がブレーキから足を離し、クリープ現象(オートマ車において、ギアをドライブに入れた状態でアクセルとブレーキを踏まずに居ると自然と真っ直ぐ進む技術)でトラックがゆっくりと前進し始める。
右側の助手席から伸びたリースの小さな手がハンドルをしっかりと握り、恐る恐る少しだけ左へと回した。
するとトラックの巨体がリースの操作に連動して、ゆっくりと左へ弧を描くように進んでいく。
「あっ……! ユズルさん、トラックが曲がりました! 私、操作出来ました!」
リースがパッと花が咲いたような笑顔を向け、弾んだ声で報告してくれる。
(これなら安全だな)
セレナさんくらいの身長があれば足もペダルに届くだろうけど、よく考えたら車の仕組みを知らない初心者が思いっきりアクセルを踏み込んだりしたら大惨事だ。みんなには安全なハンドル操作のみを体験してもらうのが一番いいだろう。
「凄いですねリースさん! 次は私もやってみたいです!」
「ええ、代わりますね!」
器用にリースとセレナさんの場所が入れ替わり、今度はセレナさんがハンドルを握る。
少し右に回しては「曲がりました!」とキャッキャと喜ぶセレナさんを見て、ルカも耳をピンと立てて身を乗り出してきた。
「あははっ、面白そう! ボクもやりたい!」
「ルカさんずるいですよ! 私もやりたいです!」
「おいおい、順番にな! そんなに急に回したら危ないって!」
ミリアまで身を乗り出してきて、車内は一気にわちゃわちゃとしたお祭り騒ぎになった。
ルカが横からひょいっと腕を伸ばし、セレナさんと一緒にハンドルを回そうとした、その時だった。
ルカの腕が、ハンドルの中心部分に勢いよく当たってしまった。
――プォォオオオン!!
突然、トラックから腹の底に響くような大音量のクラクションが鳴り響いた。
「「「「ひゃああっ!?」」」」
突如として平原に鳴り響いた大音量のクラクションに女の子たちは全員ビクッと肩を跳ねさせ、悲鳴を上げて俺の方へと抱きついてきた。
「ごめんごめん! びっくりさせたな」
俺は慌ててみんなに謝りながら、ハンドルの中心部分を軽く叩いて見せた。
「これはクラクションと言って、本来は周りに危ない状況だと知らせるための音なんだ。セレナさんは初めて聞く音だと思うけど、実はあの時この音を使ってゴーレムの注意を俺に引き付けてたんだ」
俺が説明すると、俺の腕にしがみついていたリースがパチリと目を瞬かせた。
「鼓膜が破れるかと思うくらい、本当にびっくりしました。……あ! 私が襲われてた時に使ってたやつですね!」
「私も心臓が飛び出るかと思いました……!」
セレナさんも胸に手を当てて安堵の息を漏らす。
すると、耳を塞いでいたルカがピンと耳を立て直して面白そうに笑った。
「あははっ、ボクも耳がキーンってなっちゃったよ。でもびっくりしたね~」
「うんうん、すごく大きな音だったね!」
ミリアもうんうんと頷き、車内はすっかり「びっくりしたね」と笑い合う和やかな雑談ムードに戻った。
そこで俺は、ふとあることに気がついた。
「っと、そういえば色々とわちゃわちゃしてて忘れるところだった。まだミリアがハンドル操作をしてなかったな。ほら、ミリアも触ってみるか?」
「あっ、いいの!? じゃあ私も回してみる!」
ミリアが嬉しそうに身を乗り出してきて俺の隣でしっかりとハンドルを握る。
俺が再び足元のブレーキを緩めるとトラックがゆっくりと動き出した。ミリアが思い切りよくハンドルを右へ切ると、巨体がスムーズに右へと旋回していく。
「おおーっ! 本当に私の操作でトラックが動いてるよ! すごいすごい!」
ミリアは子供のように目を輝かせ、自分でトラックを動かしている感覚を存分に楽しんでいた。
そうして平原の安全な場所で、しばらくみんなで代わる代わるハンドル操作を楽しんだ後。俺はトラックを停める。
「よし、みんな満足出来たかー?」
俺がぐるりと車内を見渡して尋ねると、助手席に並んだ4人がとびきりの笑顔で声を揃えた。
「「「「はいっ!(うんっ!)」」」」
「そっか。それじゃあそのまま家に帰るか」
俺は楽しかったスライム討伐見学会と初めての運転体験を終えて、みんなと一緒に我が家への帰路につくのだった。
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