57.5 よいこの職場見学前編
ある日の朝。
俺たちがいつものように朝食を終え、食後の果実水を飲みながらくつろいでいた時のことだ。
空いた食器を片付けていたセレナさんが、ふと目を輝かせてこちらを振り返った。
「あの、ユズルさん。ストーンバレーでの凄いお話を聞いてから、ずっと気になっていたんですが……私、ユズルさんが実際に戦っているところを一度見てみたいです!」
「えっ? 俺の戦ってるところ?」
唐突な提案に俺が目を丸くしていると、隣に座っていたリースも「あっ」と小さく声を上げ、こちらを見上げてくる。
「そういえば、私もユズルさんが魔物と戦うお姿をきちんと拝見したことはありません。……私もぜひ見てみたいです!」
いつもはおとなしいリースまで、セレナさんに便乗して身を乗り出してくる。
俺は苦笑いしながら、2人の勢いをなだめるように手を振った。
「いやいや、俺の戦い方なんてそんなに見栄えのいいもんじゃないぞ。トラック乗ってこっそりクナイ飛ばしたり剣を振り回してるだけだし……それなら、ミリアやルカの素早い動きを見てる方が絶対に面白いって」
俺は元々ただのトラックドライバーだ。ゲインさんに打ってもらった剣があるとはいえ、プロの冒険者であるミリアたちと比べたら、素人に毛が生えたような動きしかできない。
だが、セレナさんとリースは納得するどころか、さらに期待に満ちたキラキラとした眼差し――絶対に見てみたいという強烈な『オーラ』を放って、ジッと俺を見つめてきた。
「うっ……」
純粋な女の子2人の熱視線に耐えきれず、俺がタジタジになっていると、ルカがミルクの入ったコップを置いて面白そうに笑った。
「ふふっ、2人とも興味津々だね。……それなら、王都の南門を抜けたところはどうかな? あそこはスライムの群生地になってるから、見学にはちょうどいい安全な場所だと思うよ」
「あっ、それいいね! 私もいるからもし何が起きてもバッチリ守るよ! ユズルさんの戦うところ、みんなで見に行こう!」
ルカの提案に、ミリアもノリノリで賛同してガッツポーズを作った。
外堀を完全に埋められてしまった俺は、「はぁ……わかったよ」と観念して大きなため息をつく。
「ただし、スライムの群生地から奥には絶対に行かないこと。それから、ミリアとルカの指示にちゃんと従うこと。いいな?」
「「はい!」」
セレナさんとリースが嬉しそうに声を揃えて元気よく返事をする。
こうして俺たちは、半ばピクニックのような空気感のままのんびりと王都の南門を抜けて平原へと繰り出した。
◇ ◇ ◇
南門を抜けて王都の外へ出ると、どこまでも続く緑の平原が広がっている。
そこからさらに街道沿いをしばらく歩いていると、草むらがガサリと揺れ、スライムが姿を現した。
「よし、出たな」
俺は1つ深呼吸をして前に出ると、腰に下げていたヒヒイロカネの剣をゆっくりと引き抜いた。
後ろでは、セレナさんとリースが少し緊張した面持ちで、ミリアとルカの隣からこちらの様子を見守っている。
(相手の動きをよく見ろ、決して目を離すな)
心の中で、以前ミリアから教わった戦いの基本を再確認する。
素人の俺が力任せに剣を振り回しても、隙だらけになるだけだ。相手がどう動くか、その初動をしっかりと見極めなければならない。
ポヨン、ポヨンと跳ねていたスライムが、不意に動きを止め、バネのように体を縮ませた。
来る!
「キュイィィッ!」
顔めがけて勢いよく飛びかかってきたスライムに対し、俺は鋭く剣を振り抜いた。
ヒヒイロカネの刃はスライムのゼリー状の体をスッパリと両断した。
――だが。
ビチャッ、と地面に落ちたスライムは切断面をすぐにくっつけると、何事もなかったかのように再びポヨンと跳ねた。
「核を外したか」
仕留め損なって俺が一瞬だけ顔をしかめた、その時だった。
「ユズルさん、焦らないで! 攻撃が当たるってことは、相手のことをよく見れてる証拠だよ! もっと自信持って!」
後ろから、ミリアの明るく力強い声が飛んできた。
俺の失敗を咎めるのではなく、良い部分を真っ直ぐに褒めて鼓舞してくれる、心強い言葉だ。
「……ああ、わかってる!」
ミリアの言葉で力みが抜け、俺は再び剣を構え直した。
体勢を立て直した俺に対し、スライムが再び体を縮めて飛びかかってくる。今度は、動きだけじゃない。その半透明の体の中で揺らぐ『核』の位置を、しっかりと目で捉える。
「そこだっ!」
二度目の鋭い一閃。
今度はヒヒイロカネの刃が、ゼリー状の体ごと中心の核を正確に捉え、パキンッ! という甲高い音を立てて粉砕した。
核を失ったスライムは、一瞬にして形を崩し、ただの水のようになって地面に染み込んで消えていく。
「おおーっ!」
「わぁっ……すごいです、ユズルさん!」
「うんうん、お見事だね!」
「やりましたね、ユズルさん!」
背後から、パチパチパチッと盛大な拍手と歓声が湧き起こった。
振り返ると、セレナさんとリースが目を輝かせて拍手を送り、ミリアとルカも満足げな笑顔でこちらに向かって手を叩いてくれていた。
ギャラリーからの温かい拍手を受け、俺は「ふぅ……ちょっと失敗したけど、なんとか倒せてよかった」と安堵の息を吐きながら、ヒヒイロカネの剣を鞘に収めた。
「凄かったです! ……あっ、あの、ユズルさん!」
目を輝かせたままのセレナさんが、さらに身を乗り出してくる。
「次はぜひ、噂に聞くトラックを使った戦闘も見せていただけませんか?」
「「え゛っ……」」
俺とミリアの引きつった声が、見事なまでにハモった。
完全に空気が凍りついている俺たちに気づかず、事情を知らないルカが呑気に尻尾を揺らす。
「あ、それボクも大賛成! ゴーレムと戦った時、すっごくかっこよかったもんね!!」
「ええ! 私も、ユズルさんがトラックでどうやって戦うのか、とても気になります!」
ルカの無邪気な後押しを受け、セレナさんだけでなくリースまで、ワクワクとした期待の眼差しを俺に向けてくる。
「……わかった。けど、本当に全然面白くないから、逆にびっくりすると思うぞ」
俺は念入りに忠告してから、虚空へと手を伸ばした。
今ここにいるメンバーにだけ姿と音が認識できるようにしてトラックを召喚する。
ズンッ、と目の前の草むらに現れた俺の愛車。
俺は運転席に乗り込むとエンジンをかけ、少し離れた場所でポヨンポヨンと跳ねている別のスライムへ向かってゆっくりとトラックを走らせた。
距離にして、およそ5メートル。俺は静かにブレーキを踏んで停車した。当然魔力探知の能力が無い相手なのでトラックがすぐ横に居ることには気がついていない。
いつものようにクナイをスライムの核をめがけて素早く発射する。
「いっけー! ユズルさん!」
外でミリアが無理矢理テンションを上げて応援の声を発した、次の瞬間。
――ズバッ!!
一本のクナイが猛スピードで射出された。
見えない砲台から放たれたようなそのクナイは、五メートル先の無防備なスライムの核を寸分の狂いもなく正確に撃ち抜いた。
ビチャッ!!
スライムは一瞬で弾け飛び、水となって地面に染み込み、跡にはコロンと小さな魔石だけが残された。
「…………」
俺はガチャリと運転席のドアを開けてトラックから降りると、数歩歩いてその魔石を拾い上げ、みんなの元へと戻った。
「ど、どうだ! これが俺のトラックの能力だ! 俺たちしかトラックを認識できない設定にしてるから、こんな安全な倒し方をしてるんだ!! ……地味で悪かったなチクショオオオ!!」
静まり返った平原に、俺のヤケクソ気味な叫び声が響き渡った。
「あははっ、アレ本当にずるいよねー」
事情を知っているミリアが呆れたように笑いながら頷く。
一方、ド派手な戦闘を期待していたルカはあまりのあっけなさに腹を抱えて笑い転げていた。
「あっはっは! ゴーレムの時との落差が凄すぎてびっくりしちゃったよ! まさか運転席から一歩も出ずに終わらせるとはね!」
ルカの容赦ない言葉に俺はガクリと肩を落とす。
すると、慌てたようにリースとセレナさんが駆け寄り、俺をフォローするように口を開いた。
「そ、そんなことありません! 自分の安全を確保しつつあのように魔物を倒せるなんて、トラックの能力を完璧に使いこなせている証拠です! とても素晴らしいことだと思います!」
「ええ、そうです! 無傷で確実な勝利を得られるのは本当にすごいです!」
そんな顔で言われたら、こっちが格好つけてるのが馬鹿らしくなってくるな。
「気を使わせてごめんな……。2人とも、ありがとう」
俺は少し照れくさく笑いながら、リースとセレナさんの頭をポンポンと優しく撫でた。2人は嬉しそうに目を細めて「えへへ」と笑う。
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