57 引っ越し
ディッツさんへのストーンバレー帰還報告を終え、数日が過ぎた頃。
その日の朝も、俺たちは離れの家の居間でリースとセレナさんが腕によりをかけて作った朝食をみんなで賑やかに囲んでいた。
「んー! やっぱり2人の作るご飯は最高だね! 宿屋の朝ご飯も美味しいけど、このアットホームな味がたまらないよ」
「ふふっ、ありがとうございます、ミリアさん。おかわりもたくさんありますからね!」
美味しそうにパンを頬張るミリアに、セレナさんとリースが嬉しそうに微笑む。
全員が食後の温かいお茶で一息ついたタイミングで、リースが姿勢を正してコホンと小さく咳払いをした。
「皆さん、本日はこの後何かご予定はありますか?」
リースの問いかけに、俺たちは顔を見合わせた。
「んー、俺は魔石の納品も終わったばかりだし今日は特に大きな予定はないな」
「ボクも暇だよー。お昼寝するくらいかな」
「私も、午前中の掃除を済ませてしまえばいつでも動けます!」
「私も今日は冒険者ギルドに行く予定はないから空いてるよ」
全員の予定が空いていることを確認すると、リースはみんなに笑顔を向けた。
「よかったです! 実は……この離れの家の空き部屋を1つ片付けてミリアの部屋を作りたいと考えていたのです」
「えっ、私の部屋ですか?」
突然名前を呼ばれたミリアが目をパチクリとさせる。
「ええ。ミリアは私の大切な専属護衛なのに1人だけずっと街の宿屋暮らしなのは寂しいですし、可哀想ですから。それに毎日ここまで通ってもらうのも大変でしょう?」
「リース様……」
リースの真っ直ぐで優しい言葉にミリアの瞳がじんわりと潤む。
「そっか。そういえば俺やルカ、それにセレナさんやリースもこの離れの家に寝泊まりしてるのにミリアだけ別行動だったもんな。全然気づかなくてごめん」
「ユズル君の言う通りだね。ミリア君も一緒に住んだ方が夜更かしして遊べるし絶対楽しいよ!」
「はいっ! 私もミリアさんが一緒だと心強いです!」
俺とルカ、セレナさんも全力で賛同すると、ミリアは「みんな……」と呟いた。
「ううっ……ありがとう、ございます……! 私、ここにお引っ越ししたいです!」
「決まりですね。ですが空き部屋には使える家具が何も無い状態ですから、ミリアが快適に過ごせるように家具を揃えなくてはいけませんね」
「よし、それじゃ善は急げだ。みんなで王都の家具屋に行こう!」
すると、リースが身を乗り出してくる。
「あ、そうです。私の隣の部屋がミリアの部屋の予定なのですが、部屋の中には使わない家具が少し入ってるのでその家具を一度廊下に出さないといけませんね……後で手伝ってもらってもいいでしょうか? 家具屋に行く前に部屋の中を空っぽにしておかないといけないので……」
リースが困ったようにお願いをすると、みんなは「任せて!」と声を上げた。廊下に置いておくと邪魔にならないだろうか?
ひとまずここはリースのことを信じてみよう。
よし、ミリアの引っ越し大作戦開始だ!
◇ ◇ ◇
部屋の片付けと清掃、身支度を整えた俺たちは活気あふれる王都の大通りを歩き、とある大型の家具専門店へとやってきた。
木とガラスでできたオシャレな外観で、ショーウィンドウには立派なソファやテーブルが飾られている。
「すごく大きなお店だね!」
「ここなら、ミリアのお気に召す家具がきっと見つかりますよ」
目を輝かせるミリアを先頭にして、カランコロンと心地よいベルの音を鳴らしながら店内へと足を踏み入れた。
店内には木のいい香りが漂っており、大小様々な家具が所狭しと並べられている。
「いらっしゃい。何か家具をお探しかい?」
店の奥から現れたのは、ふさふさの大きな尻尾と頭にピンと立った三角の耳を持つ――狐耳の女性だった。
ルカのようにどこかマイペースで、おっとりとしたお姉さんぽい雰囲気を纏っている。
「ああ。空き部屋を1つ片付けたんで一部屋分の家具をまとめて見て回ろうと思っててさ」
「そうだねぇ~。それなら、どんな雰囲気がご希望かな?」
店主が目を細めて尋ねると、ミリアは少し照れたようにコクリと頷いた。
「えっと……全体的に落ち着ける雰囲気で、でもキラキラしすぎない程度に可愛い感じのものがいいです」
「なるほどねぇ。だったらー……これなんかどうだろう?」
店主がゆっくりとした足取りで案内してくれたのは、店の奥にあるモデルルームのように家具が配置された一角だった。
「わぁ……!」
それを見た瞬間、ミリアがパッと顔を輝かせた。そこにあったのは、まさにミリアの希望をそのまま形にしたような空間だ。
温かみのある木製フレームのベッドに、落ち着いたピンクと緑の寝具。その上には可愛いフクロウとウサギのぬいぐるみがちょこんと座っている。
隣には本棚が並び、デスクには羽ペンや丸いランプが置かれており、小さな鉢植えが居心地の良い空間を演出している。
「すっごく可愛いです! 私、このお部屋がいい!」
「ふふ、気に入ってくれて何よりだ。ちなみに、この家具たちにはちょっとした仕掛けがあってね。魔法を使えば、インテリアの模様なんかを色々変更できるんだよ」
店主が指先を軽く振ると、ポンッという軽い音とともにベッドカバーの色や、床に敷かれたラグの柄が次々と別のデザインに切り替わっていった。
「ええっ!? 色が変わった!」
「すっげぇ、どういう仕組みなんだこれ……」
魔法で一瞬にしてポンポンとデザインが変わる家具に、俺やミリア、ルカ、セレナさんが目を丸くして驚きの声を上げる。
そんな中リースだけは「本当にすごいですよねこれ」と、1人落ち着いた様子で感心するように微笑んでいた。
だが、俺たちの見事なまでの驚きっぷりを見て店主の耳がピクッと動き、ふさふさの尻尾が嬉しそうに左右に揺れ始めた。
「ふふっ、良い反応だねぇ。実を言うと……こんなのもできるんだよ」
店主が少しテンションの上がった声でそう言いながら、パチンと指を鳴らす。
すると家具屋の店内の照明がスッと落ち、辺りが暗闇に包まれた。
「うおっ!?」
「えっ、停電!?」
俺たちが少し慌てた次の瞬間、俺たちの頭上で再び店主の魔法が発動する。
「わぁっ……!」
見上げると、そこには幻想的なプラネタリウムの空間が広がっていた。
「うおおおっ、すげぇ!!」
「きれーい! 星がいっぱいだよ!」
先ほどは冷静だったリースでさえも「とても綺麗です!」と息を呑んでいる。
店主の粋な魔法の演出に、俺たちは全員で「うおおお!」と歓声を上げながらパチパチと惜しみない拍手喝采を送った。
パチンと店主が再び指を鳴らすと天井に広がっていた星空がスッと消え、店内に照明が戻る。
「いやぁ、すごい魔法だったな。……それでミリア。色々と模様替えもできるみたいだったけど、どれか気に入ったデザインはあったか?」
「うん、やっぱり一番最初に見せてもらったあのデザインがいいな! あれが一番落ち着くし、すっごく可愛かったから!」
ミリアが笑顔で即答する。
「よし、決まりだな。すみません、このルームセットの家具を丸ごと全部ください」
俺が店主に伝えると、狐耳の店主は目を細めて嬉しそうに尻尾を揺らした。
「毎度あり~。それじゃあ……お兄さんたちにはいいリアクションを見せてもらったし、私も楽しかったからねぇ。端数の5万ゼルはおまけして、全部で30万ゼルでいいよ」
「おっ、いいんですか? ありがとうございます」
気前のいい割引に俺が頭を下げていると、リースが一歩前に出て店主に尋ねた。
「あの、転送委託はお願いできますか?」
「もちろんだとも。10万ゼル以上の買い物してくれたお客さんには無料でサービスしているよ」
店主が頷く間に、俺はアイテムバッグから白金貨を3枚取り出した。30万ゼル相当の額だ。
それを見たミリアが慌てて身を乗り出してくる。
「ま、待ってユズルさん! 私の部屋の家具なんだから私にも払わせてよ!」
「いいんだよ。これはミリアが俺たちの家に引っ越してきてくれる、そのお祝いだ」
俺がそう言って店主に白金貨を手渡すと、ミリアは「ユズルさんありがとう!」と照れくさそうに笑う。
……なんだかそんな彼女の様子が微笑ましくて、つい無意識に頭を撫でてしまった。するといつものごとく『もー』と文句を言われてしまった。
「それじゃあお嬢さん、ここに転送先の部屋を強くイメージしながら魔力を込めておくれ」
店主が羊皮紙のような魔導符を取り出し、リースに手渡す。
「はい、わかりました」
リースは符を両手でしっかりと持ち、目を閉じて念入りに魔力を込め始めた。
淡い光がリースの手元から溢れ、符に描かれた魔方陣がチカチカと輝き出す。
そして次の瞬間。
――ポンッ!
目の前に配置されていたベッドや机といった家具一式が、光の粒子となってフッとその場から消滅した。
すっからかんになった空間に一瞬驚いたが、数秒後、空間が軽く揺らいだかと思うとまったく同じ家具セットが再びポンッと元の位置に出現してお店のディスプレイはすっかり元通りになった。どうやら在庫から自動で補充される魔法のようだ。
「ふう……終わりました! 家具は無事に、ミリアのお部屋に届いたはずです。さあ、家に戻りましょう!」
リースが満足げな笑顔で振り返ると、俺は少し不思議に思って尋ねた。
「えっ、家具は持って帰らなくてもいいのか?」
「はい。先ほど転送魔法で全てミリアのお部屋の決められた位置に到着しているはずですので大丈夫ですよ」
リースが丁寧に説明してくれると、ルカが尻尾を揺らしながらポンと手を叩いた。
「なるほどね~。あの大きなベッドや本棚を家の廊下に置いてたら邪魔になると思ったけど、そういうことか」
「予定されてる部屋にそのままの形として家具が配置されるので、部屋に家具が残っていると家具同士が干渉して最悪家具が壊れちゃうので……。でもとても便利な魔法ですよね。さあ、早く確認しに行きましょう!」
狐耳の店主に礼を言って家具屋を後にした俺たちは家へと戻った。
玄関を抜け、早速、空き部屋だったミリアの部屋のドアを開ける。
「うわぁ……!」
ミリアがパッと顔を輝かせて歓声を上げた。
何もなかった殺風景な部屋に、先ほど家具屋で見たあの可愛らしくて落ち着いたルームセットが綺麗に並べられていたのだ。ベッドの上のフクロウとウサギのぬいぐるみも、ちょこんと仲良く座っている。
「すげぇな、魔法って本当に便利だ」
俺は感心しながら新しい部屋を見渡し、ミリアに向き直った。
「ミリア、引っ越しのことで手伝えることがあったら遠慮なく何でも言ってくれよ。力仕事なら俺やルカでやるからさ」
「ユズルさん……うんっ、本当にありがとう! こんな素敵な部屋をもらえてすっごく嬉しいよ!」
ミリアは満面の笑みで俺たちに感謝を伝えてくれた。
「それじゃあ、宿にまだ私の荷物が残ってるから、早速取ってくるね!」
ミリアはそう言うと、弾むような足取りでパタパタと家を飛び出す。
それから廊下の家具を片付け、俺たちが居間で待つこと数分。大きな荷物を抱えたミリアが嬉しそうに帰ってきた。
「おじゃましまーす!」
ガチャリと玄関の扉を開けたミリアに向かって、俺たちは顔を見合わせ、温かい笑みを浮かべながら声を揃えて出迎えた。
「「「「おかえりなさい!」」」」
「いらっしゃい」ではなく「おかえり」の言葉。
それを受け取ったミリアはポカンと目を丸くした後、少しだけ照れくさそうに、けれど今までで一番の笑顔で力強く頷いた。
「――うんっ、ただいま!」
読了いただきありがとうございます。
本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
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